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ふたりの言葉が届く距離

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 彼女は俺が大学時代から交際している北沢理奈の親友だ。
 卒業から三年以上が経過した今、俺は中学校の教員となり、理奈はプロの小説家となり、白井は結婚して専業主婦になっていた。
 結婚した時点で法的に彼女の名字は「白井」ではなくなったのだけど、本人の希望もあって旧姓で呼んでいる。 

 俺は弁当が入った袋を冷蔵庫の中に入れ、重たい鞄を部屋の奥にある作業机の横に置き、軽く溜息をついてから振り返って彼女を見据えた。

「どうした? 何かあったのか?」
「たまにはいいでしょ? 理奈と離れて寂しがってる阿部くんを慰めに来たのよ」
 持参してきた手作り料理を次々とレンジで温めている白井が背中を向けたまま答える。

「そういうことなら、理奈の方へ行ってやれよ」
「だって、遠いじゃない」
「新幹線なら3時間くらいだろ」
「たぶん近いうちに仕事で東京に行くから、その時に会えたら会うつもり」
「仕事?」
「うん。私もちゃんと仕事してるんだよぉ。今日はサボッちゃったけどね」
「夫婦共働きか、大変だな」
「違うよ」
 台所に立つ白井がこちらを振り向く。

「別れたの。もう半年くらい前にね」

 それは予想外の言葉。白井の家庭が上手くいっていないなんて、本人からも理奈からも全く聞いたことがなかった。

「……理奈は知ってるのか?」
「知らないよ。ちょうどその頃から新人賞とかデビューだとか騒いでいたでしょ? 話せる感じじゃなかった」
「そうか……」
「それに、そんな時にあのコに話したら、私が惨め過ぎるじゃない?」
「なんだよ、それ」
「だからね、すぐ仕事を始めたの。今はすごく充実してる」

 彼女が最後の料理をテーブルに置いて、俺の向かい側に座る。
 俺は目の前の食卓と壁に掛けられた時計を眺めながら、これからの作業予定を修正した。

「別居してからもいろいろと揉めて、やっと正式離婚したのは先週なんだ。今日はそのお祝いかな」
 そう言って、彼女は少し身を乗り出して俺の前に置いてあるグラスにビールを注ぐ。
 上品な香水の匂いを感じながら俺がその姿を見つめる。

 鞄の中に入れっ放しだった携帯が鳴ったのは、そんな時だった。