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ホロウ・ヒル (1)

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誕生日



 シェルは7歳のころから、ロベリアの歓楽街にある娼館『子鹿亭』に身を寄せていた。むろん、望んでここにいるわけではない。

 つまらない領土争いの戦に巻き込まれ、村と両親を失い空腹のまま彷徨っている所を、女衒に拾われて売られたのだ。
 始めは”売られた”ということが理解できず、ただ暖かい食事と安心して眠れる寝床を提供され単純に喜んでいたが、だんだんと自分が置かれている立場を理解し始めたシェルは何度か脱走を試みた。
 しかし幼いシェルに店の厳しい追求を逃れるすべはなく、その度店に連れ戻され女将から厳しい折檻を受けた。
『いいかい、逃げるんじゃないよ。お前の体には、それ相応の金がかかっているんだ。その金を返すまで、この店から逃げるなんて承知しないからね』
 女将は事ある度、この呪いの言葉をシェルに刻み続けた。
 その呪いは確実にシェルの体を蝕み、”諦め”という形で彼女の心を縛りつけた。

 シェルはいつもの通り、娼館の納屋で目を覚ました。
 身じろぎした彼女に、同じくこの店に売られた仲間……フィーがシェルに声を掛けた。
「おはよう、シェル。早く起きないと、怒られるよ」
 寝坊仕掛けている事に気付いたシェルは、慌てて飛び起きた。
「もうそんな時間!?」
 見れば下働きの仲間達の藁布団は空になっており、残っているのはフィーと寝ぼけ顔のシェルだけだった。
「ああ、不味い不味い」
 急いで薄っぺらな下着の上に流行遅れの古いドレスを着て、まあまあ清潔なエプロンをつける。クセのある赤味がかった金髪は手櫛で整え、緑色のハンカチで結んだ。
 シェルの支度が終わるのを待っててくれたフィーと一緒に納屋を出ると、娼館の朝の風景は始まっていた。
 シェルを見つけた下働きの少女達は、次々と彼女に祝いの言葉を贈り始めた。
「おはよう、シェル。誕生日おめでとう」
「おめでとうシェル」
「14歳の誕生日、おめでとうシェル」
 祝いの言葉は嬉しいが、シェルの心中は複雑だった。祝いの礼を言うこともままならないまま、シェルは朝の仕事を始めるため、井戸の脇に置かれた桶を手に取った。

 井戸には水くみの順番を待つ少女達が並び、水が入った重い桶を次々と炊事場に運んでいく。たくさんの竈には大鍋が火にかけられ、大量の湯が沸かされていた。
 これらの湯は沸かされた順番に風呂場に持ち込まれ、娼婦達が入るバスタブに満たされる。
 シェルが居る子鹿亭は、ロベリアで一番大きく抱えている娼婦の数も多い。一仕事を終えた姐さん方のため、毎日風呂に浸からせるのがこの店の習いだ。
 そのお陰でこの店の娼妓は、皆肌が美しく清潔だと評判がいい。その風呂の用意する側としては大変なのだが、店の評価を守る為仕方ない話である。
 シェルもこの店に売られてから毎日井戸から水を汲み、沸かした湯を風呂場に運んでいた。しかしその仕事も今日で終わる。
 シェルは今日で14歳になる。14歳から娼妓の仕事を始めなくてはならない。

 ”娼婦になれ”と幼い頃から、繰り返し女将から言い聞かせられてきた。
 店に買われた以上、働いて身にかかった借金を返さねばならない。娼館から出るには、稼いで店の借金を返すか死ぬしかない。
 単純な図式だが、シェルは心のどこかで納得していなかった。密かに娼妓になりたくないと思うのはもちろん、ここではないどこかに行きたかった。
 しかしその願いは叶わず、とうとうシェルは14歳の誕生日を迎えてしまった。

作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto