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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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シゲの銛(もり)

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 シゲときたら、ちっとも浜の子どもらしくみえない。
 浜の子どもは、たいてい小さいときから海で泳ぎまわっているから、小麦色のツヤツヤした顔をしている。
 ところがシゲの肌はまっ白で、かみの毛は赤みがかっているし、ひとみの色まで茶色っぽい。赤ん坊のころから、よく「外人の子どもみたいだ」といわれてきた。
 もちろん両親はれっきとした日本人で、ここ南房総片浦の町で代々漁師を営んでいる。

 戦争が終わり、絶望の中から人々が立ち直ろうとし始めた頃、シゲは生まれた。
 十歳年上の兄タケシは父といっしょに船に乗り、カジキマグロのつきんぼ漁をしていた。
 つきんぼとは突き棒のことで、銛でついて魚を捕ることからきたことばだ。
「すげえな」
 カジキから切り取った角の、かたいざらざらした感触に、シゲは身震いした。茶の間の茶箪笥の上に、ずらりとならべてあるカジキの角の、一番大きいものを手に取ってみたのだ。角は鼻先の一部分にしかすぎないが、その長さから魚体の大きさは想像できる。
「こんなでかいカジキをひとつきでしとめるなんてかっこいいな」
 シゲは銛でカジキを突くしぐさをした。けれどすぐに大きくため息をつくと、角をたたみの上に放り出した。
「でも、おれは海なんかきらいだ」
 シゲはその場に大の字に寝そべった。そこへ兄が入ってきた。
「なにがきらいだって」
 タケシがシゲの顔をのぞき込む。
「なんでもないよ」
 シゲはごろりと横を向いた。
 タケシは、たたみの上にシゲと一緒にころがっているカジキの角を拾い上げた。
「こいつはおれが初めて獲ったカジキだ」
「え、ほんと?」
 シゲは飛び起きて、身を乗り出した。
「ああ、記念すべき第一号だ」
 タケシは誇らしげな顔つきで、そのときのことを語り始めた。
「父ちゃんは無理だといったんだけど、おれはどうしてもしとめたくて、な」
「うん」
「背びれが見えて、だんだんと船が近づくと、どきどきしたよ。ボウスベットにたって、足を踏ん張ったけど、膝ががくがくしてな」
「うん」
 シゲはあいづちをうつしかなかったが、そのときの兄の緊張感はいくらか想像できた。
「父ちゃんが継男あんちゃんにかわれっていったけど……」
 継男あんちゃんとは父親の姉の息子で、健志やシゲとはいとこに当たる。タケシより三歳年上で、一緒に船に乗っているのだ。
作品名:シゲの銛(もり) 作家名:せき あゆみ