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堀きゃりこ
堀きゃりこ
novelistID. 12132
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空にのぞむ

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今日は晴れているから、旗を上げようとデルタが言った。
僕はなぜか悲しくなった。
それから悲しくなったことが可笑しくて、ちょっと楽しくなった。
デルタは、いつも晴れると給水塔の上に旗を掲げる。
旗は、デルタからアースにいる祖父への合図。

*           *           *

「ここが僕たちのいるレッディ、火星だね」
デルタは1年前に地図を広げて教えてくれた。
レッディは、僕たちの何代も前、それこそ両親の両親のそのまた両親の……。
とにかくずっと前の人たちが開拓して住み始めたんだ。
はじめは小さなドームだった。
それが次第に大きくなって、今では星そのものの気候を変えてしまった。
ドームはなくなり、僕たちの祖先は自由に息ができるようになった。
「そしてここがアース、はい」
デルタは地図の青い星に画びょうを差し込んだ。

「ぼくはね、今一緒に住んでいるぼくのパパとママが偽物なんじゃないかって、
思うんだ。だってぼくは、彼らにちっとも似てないもの。僕はキュウリが好きだけど、
ママはそんな水みたいな野菜は栄養にならないって言うんだ。
パパは僕の勉強を見てくれるけど、僕と話そうとはしないし」
僕はデルタの両親を知っている。
デルタの目は彼のママによく似ていた。
それに、デルタのあごは彼のパパによく似ている。
それでもデルタは言い張った。
「僕には本当のパパとママがいるのかなぁ。
それとも、僕にはパパもママもいないのかもしれない」
そしてそのあと、デルタはまるで重大な秘密かのように僕に言ったのだ。
「僕はおじいちゃんのクローンなんだよ」

*           *             *

僕たちは大きくなったら何にでもなれる。
ぼくとデルタがまるで争わないように、僕と他の人間も争わなくなった。
僕たちは自由に好きな仕事に就くことができた。
足りない職業は、ロボットが補った。
余った職業はその分仕事を増やすロボットがいる。
デルタや僕の両親が若いころ、「詩人」が流行った。
ある年の20歳の実に30%が、「詩人」という仕事をした。
人気の差はあるけれど、食べることに困る「詩人」はいなかった。
なぜなら、それだけ多くの仕事を自動的に作ったからだ。
多くの文芸雑誌が出版され、それが自動的に購入された。
ぼくたちにはそれが普通なんだ。
「僕たちは争わなくたっていい。ずっと友達だね」
僕たちは争わなくなった。
唯一、家族をのぞいて。

「そっちを持ってよ」
デルタに言われるままに、旗の端をもつ。
旗には針金が入っていて、風がなくてもきれいにたなびいているみたいに見える。
給水塔支柱にはもうひもがくくりつけられている。
そこに旗を通して引っ張れば、旗はあっという間にのぼっていく。
するすると空を目指す旗。
そのもっともっと先にアースはある。
そこでデルタのおじいちゃんはこの旗を見つける。
と、デルタは信じている。
僕はめまいがした。
だって、そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないか。
そして僕たちの目の前に広がる、一面の青。
空と、海だった。
レッディにはほとんど陸がなかった。
気候変動が起き、僕たちの先祖が住みやすくなったとき、
レッディは大きな湖になった。そこにはちょっとの陸地と巨大な水たまりができた。
僕たちは水たまりに人口の島を浮かべて住んでいる。
「ああ、今日は本当に良い天気だね」
デルタの言葉は、なんだか苦しそうだ。
僕は知っている。
デルタはおじいちゃんのクローンなんか、信じていないんだ。

僕たちの平和な、平和すぎる日常は進んだ科学文明によって支えられている。
僕たちはちっぽけな人口の島の上で、好きな職業に就き、とても自由に暮らしている。
僕たち人間によってまかなえない部分(それは今ではとても大きな部分)は、
自動的にロボットたちが補ってくれる。
そんな僕たちにとって最も大きな摩擦が、家族なのだ。
デルタの両親はデルタに望むようになれば良いと思っている。
そしてデルタ自身は自分の望むようにしたいと思っている。
なぜならそれが可能だから。
でも、僕たちは説得も交渉も知らない。
「僕はきゅうりを食べちゃいけないんだろうか。
僕はなぜ勉強をしているんだろう」
デルタは自分と違う意見を前に、ただ驚いていた。
「おじいちゃんがそう望むように僕を作ったんだ。
だから僕はおじいちゃんのクローンとして、きゅうりも食べたいし、
勉強もしたくないんだよ」
デルタは、おじいちゃんに会いたがった。
「僕のことを応援してくれる、僕以外のだれかがいないかなぁ」
僕は、僕が見ているよと言えなかった。
僕は結局のところ、デルタのことさえ、僕の「選択」に無関係な人間と思っていたのだ。

*          *          *

一面に広がる水たまり。
小さな人口の突端に給水塔が建っている。
そのもっとも高い場所に小さな旗がひらめいている。
白いハンカチで作った旗は、空に吸い込まれていきそうで、
僕は怖くなった。
水たまり以外になんにもない、快適すぎる僕たちの世界。
「おじいちゃんに届くといいね」

*          *          *

僕はデルタと別れて家に帰った。
僕の家は給水塔とまるで反対側にある。
島の一面真っ白の遊歩道をぐるりとあるいて、木陰に埋もれたコンクリートの家に着く。
途中誰とも会わずに、僕は玄関の門をくぐった。
それから思い鉄製のドアをおして、中にはいると、
ひんやりとしたクーラーにぞくりとする。
僕はそのまま三階へ上がろうとする。
一階はママ。
二階はパパ。
三階は僕が住んでいる。
「あら、帰ってきたの。今日の夕飯は好きに食べなさいね」
「なんかクーラーききすぎじゃない?」
「なら、好きに変えなさいね」
ママは通り過ぎる僕にそれだけ言って、出かけた。
ママの今の職業はお天気キャスターだ。
二か月前は学校の先生、その前は工事現場で働いていた。
その前は……忘れてしまったけど。
二階へあがると、パパが新聞を読んでいた。
新聞の一面は『ついに議長が10%超、人気拡大』と書いてある。
議長が10人に一人。
でも多分、やりようがあるんだろう。
「パパ、来週三者面談があるけど」
「ああ?好きにしなさい」
「……おすすめはないの?」
「なんでだ?好きにすればいいじゃないか」
「今日旗を揚げにいったんだ、アースへ向けて」
「アース?いいんじゃないのか。デルタと友達だったか」
「ううん。今日喧嘩したよ」
「ああ、そうか」
「ううん、嘘だよ」
「ああ、そうか」
「パパ」
僕は旗を思い出す。僕の胸に揚がる旗。
「ぼく、恐竜を飼おうと思うんだ。あと、僕アースになりたい」
「ああ、いいんじゃないか」
僕はそのまま三階に揚がる。
僕のパパもママも僕が望んでむようにすれば良いと思っている。
それは当然のことだった。
でも僕はなぜかそれが急に悲しい事のように思えた。
僕はデルタの旗を僕の中であげたい。
僕はまったく違う理由で、あの旗を、空へ打ち上げるんだ。
僕はとても贅沢で悲しい理由で、あの旗を、掲げるんだ。


おわり

作品名:空にのぞむ 作家名:堀きゃりこ