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彗クロ 1

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英雄の尋ね人





 一足先に客間で待されていた先客の姿を認めた瞬間、レグル・フレッツェンの横顔によぎったものが悲愴でも安堵でもなかったことに少なからぬ失望を覚え、間近にそれを見下ろしていたジェイド・カーティスは密かに自嘲した。絶対的に不利な状況下において、およそ好転をもたらすものとも思えない不確定要素が増したことを真っ先に忌まわしく感じるのは実に真っ当かつ冷静な反応ではあったが、同時にそれは、ジェイドが期待したものとは正反対の性質を意味していたのだった。
「レグル……」
 相方の苦渋を察したのだろう、メティスラヴィリ、とおよそルグニカでは聞かれない古風な名を名乗る少年は、おどおどとソファから腰を上げ遠慮がちに呼びかけた。
 レグル・フレッツェンは横目でジェイドをひとにらみすると、わざとらしい大股で床を蹴りつけながらメティスラヴィリに歩み寄った。
「メティ、無事か」
「う、うん、へいき。……レグル、川を渡ったんだ」
「え?」
「エンゲーブから馬車に乗って、ここに来るまでに自治区が見えたんだ。たぶん検問も通った。カイツールの南だよ、ここ……」
「……キムラスカかよ」
 ぼそぼそと交わされる密談は、広くとも静閑な室内では丸聞こえではあったが、なるほど少なくとも頭の回転はそう悪くはないらしい、とジェイドは脳内の認識を最新のデータに書き換えた。機転、洞察、推察、理解――特にメティスラヴィリのそれらは、鈍くさそうな見た目を裏切って意外とも思える合理性を備えている。打てば響く反応を見せたレグル・フレッツェンも、激しやすい気性の手綱を、今のところはうまく捌きこなしていると言えた。
 覆うものをなくした赤金が翻り、緑の双眸が鋭くジェイドを捉える。……既視感が、都合の良い白日夢となって残像を描く。
「どういうつもりだ」
 ……確固として『敵』を定めた目だった。
 正しい判断だ。すっかり悪役になった気分で、ジェイドは口元に薄く笑みを敷いた。
「大人の事情です♪ ……と言っても納得されないでしょうが、メティスラヴィリ君にご同行願った件に関しては、身元不明のレプリカを保護する手続き上、参考人としてご足労頂いただけであって、特に他意はありません。わざわざ国境を越えざるをえなかった必要性については、残念ながら我々の意図せざる上層部の都合が絡んでいまして。こちらはいかようにも深読みしてくださって結構ですよ」
「……ようするに、この件にはキムラスカも一枚噛んでるってことだな」
「おや賢い」
「バカにしてんのか」
「滅相もございません」
「……どいつもこいつも」
 レグル・フレッツェンは子供っぽく鼻を鳴らすと、四人掛けのソファーのど真ん中にどっかりと腰を下ろし、思うさまふんぞり返った。メティスラヴィリが慌ててそれに倣い、相方の真横にコンパクトに着座した。
「んで? 未登録のレプリカを、手錠もかけずにわざわざカイツールくんだりまで移送して、一体なにをやらかそうってんだ?」
 背もたれに悠々と――というには体格的に多少無理が入っていたが――腕を乗せて、レグル・フレッツェンはいかにも偉ぶってそう発した。そうしてすっかり開き直ったかのようなポーズの端々で、絶えず退路を探り、退却の糸口を逃すまいと神経を研ぎ澄ませているのがわかる。幼いながらに、自身の存在価値を疑っていない――生きることになんの迷いもない行動だ。
 またひとつ、期待していた面影と印象がぶれる。……いや、あるいはこれが歪まざるレプリカの、歳相応の姿と言えるのかもしれない。
 ジェイドは何気ない呼気とともに密やかに懐古を逃がし、未知の人物と相対するための仮面を被りなおした。先入観は真実を眩ませる。あの『ガイ・セシル』さえ判断を保留したのだ。表層の印象ひとつで彼の本質を決めてしまうわけにはいかない。
 ジェイド・カーティスの為すべきは、客観的事実の検出と考察。直感など信じない。そんなものは、一年前の夜にものの見事に打ち砕かれた。
「なんのことはありません、まずは事務的な手続きを行って頂きます。レプリカの個体数と生活状況を漏らさず把握しておくことが、国の義務ですので」
「テキトーな番号振られて保護区だの自治区だのって額面の収容所に強制送還ってか。やってらんねーな」
「望まれるのでしたら、有志の保護観察下での生活と定期の所在報告を誓約された上で、町で暮らして頂くことも可能です。その際、社会への適応に関する簡単な審査と研修がありますが、これまでの実績もあるようですし、貴方なら問題はないでしょう。……ただし、一点、別枠のややこしい問題あらかじめクリアしておいて頂く必要がありますが」
「まどろっこしーな。要は国の監視付きで生活しろってんだろ? これ以上どんなナンクセつけっ気だよ」
「主にレプリカの人権保護にまつわる通過手続きですよ。己が何者かを理解しないレプリカが実社会に野放しにされた場合、予測されうる最大の懸念事項は何か――簡単な推理です。メティスラヴィリ君ならお分かりなのでは?」
 『己が何者か理解しないレプリカ』という文句に思うさま苦い顔をしたレグル・フレッツェンの隣で、メティスラヴィリは唐突に話を振られた困惑で眉尻を下げるのと、気難しげに眉間に皺を寄せるのとを同時にやってみせた。じっと床の一点を見つめながら、ようよう、口を開く。
「……オリジナル、との、鉢合わせ……」
「は? んなん、毎日じゃん」
「違うよレグル、自分の原型になった人……君のレプリカ情報を提供した、本当の意味の被験者、だよ……」
 虚を突かれた――まさしくそう表現すべき驚愕を載せて、レグル・フレッツェンの視線はジェイドへ向けて正確に滑走した。
 ジェイドは思わず込み上げた微苦笑を、あえて歪ませずに面に表した。おそらくそれはそのまま、子供らには悪魔の冷笑として感知されるはずだ。
「ご名答です。さらに正確を期するなら、被験者本人とその親類縁者、恋人や婚約者、親しい友人に恩師はもちろん、現在は疎遠になっている昔馴染みからただの一度しか顔を合わせていないような仕事先の取引相手に至るまで、被験者にまつわる一切合切の関係者、ということになります。被験者が健在にしろそうでないにしろ、彼がそれまでの人生に積み重ねた他者との接触は、その事実自体、彼のレプリカが現代社会で健全な暮らしを送っていく上で大きな弊害となることが予想されるのですよ。分かりやすい例をとれば、被験者があまり素行の褒められた人物ではなく各所でトラブルを引き起こしていた場合、被験者と瓜二つのレプリカは否応なく怨恨や痴情のもつれといった厄介事に巻き込まれる可能性が極めて高い、というわけです。よほど意識的に別人を装わぬ限り、被験者とレプリカを身体的特徴から見分けることは不可能に等しいですからね。まあ、いわゆるところの根っからの善人などという人種にしてみても、他人と交渉を持って生きていく以上、程度の差こそあれ一切のトラブルを抱えていない人間など皆無でしょうから、やはりどうあっても被験者の実態を知らずしてレプリカが独力で生きていくには、理不尽な困難がつきまとうでしょうね」
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯