小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

うそみたいにきれいだ

INDEX|5ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

7月8日 ランドリー

(雨彦くんと雪丸さん)



ハンカチ落としましたよというのは素敵な出会いの雛型だけれども、ハンカチのポジションにパンツを、語尾が下がるほうのパンツを置換する場合どうなるのであろうか。

雨の日になると現れていちばん右の機体をまわしながらいちばん右のベンチで雑誌をひらいていたり音楽を聴いていたりうとうとしていたりなんだりしている排他的な前髪のお兄さんは、初めてお会いしてから三ヶ月めの本日、いきなり変化球を投げつけてきた。
正しくはパンツを、語尾が下がるほうのパンツを投げるというかもそりと落としていったわけだけれど、とにかくその見事な消えない魔球に俺は参ってしまっているわけです。
せめて語尾が上がるほうのパンツだったらすぐにでもあっパンツ落ちましたよと言えたものを語尾が下がるほうなものだから、俺はなにしろそのちょっと可愛げと恥じらいのある言葉の響きが苦手なものだから、だからお兄さんがのっそりと出ていって数秒たった今もその語尾が下がるほうから目をそらせないでいるのである。

今すぐ手ぶらで追いかけていってあのう落としものをしましたよと言うとする。
お兄さんがあっそうですかすみませんと言ってここへ引き返す。
語尾が下がるほうが静かにある。
可哀想だ。

今すぐ手に持って追いかけていってあのうこれ落としましたよと言うとする。
可哀想だ。

このまま放置してお兄さんが帰宅し洗濯ものをたたむときは存外気付かないから少なく見積もって明朝くらいの段階で気付くのを待つとする。
明日の天気予報も終日傘マークであることをふまえた上でこのあたり一帯のアパート密度を考えると、もうそろそろ学校なりお仕事なりを終えた若かったり若くなかったりする様々な人たちがここを訪れるはずで、いちばん右の機体の前に語尾が下がるほうが静かにある。
たくさんの人が可哀想だ。

俺は最もリスクの低そうなにばんめの策をとることにした。
お兄さんが出ていってからもはや数分もの時間がたっているけれど、俺はおそらくしてここから帰宅する途中であろうお兄さんとすれ違ったことがあるので、彼がどちらへ向かったのかはおおよそ見当がつく。
がぜん使命感の沸いてきた俺は左手に傘を、右手に語尾が下がるほうをしっかと握りしめ、排他的な前髪の向こうで照れまくるお兄さんを想像して自分もなぜか半笑いになりながら、背後で鳴った全工程終了のアラームに何を言うんだ物語は今始まるばかりさと釘をさしながら、いっさんに走りだした。
それは雨季のどまんなか、心までむっしむしに潤いそうな湿度の、へんに明るい夕方のことでした。



作品名:うそみたいにきれいだ 作家名:むくお