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涙を流すフランス人形を愛せますか?

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「自分が誰かと違うと感じたことはありません」
君は、私にそう言いました。
「けれど、誰かと同じ生き方ができないんです」
君は、笑わない。決して笑わない。
おとぎの国の姫君のように可愛い姿をしていても、笑顔が似合わない君。

「それはたぶん、昔からの事。自分が大人になり、家庭を持ち働くと言うことに対して、少しの希望や夢が無く、自分は一人で生きていかなければならないと自然に感じるようになりました」

私は、黙って君の話を聞きます。
他人は、私たち二人を奇異の目で見ているのでしょう。
さっきから、隣の席のカップルや、女給までも、ちらちら目線をやります。
だって君の姿は、特別。そして私の姿も特別。
おとぎの国の住人のような白い姫ドレスの君と青い姫ドレスに身を包んだ、二人が、白昼の梅田地下のカフェで人生を語り合っているのですから。

「けれど・・・」
君の唇が止まりました。
私は、静かに君の次の言葉を待ちます。

「その為にどうすれば、一人で生きていけるのかが見えてきません。何の為に生きているのかも見えず。36歳という年齢になりました」
私は改めて君の姿を見ます。20代の頃から、美意識の高さから、君が施した整形の結果、未だに10代のような肌、フランス人形のような顔立ちです。他人が見れば、違和感のある不気味な顎のライン、オデコの膨らみでしょう。なのに私には、すべてが美しいのです。

「これからも、私は会社に勤めて働き、家庭を持ち夫や子供の世話をすることをしたいと思いません。感情がありません。人は言います」

君は、ヒアルロン酸注入でぷっくりとした、唇に力をいれて。
「それは君の怠け癖。やる気のない根性なし。モラトリアム人間」
そして、
「どうして他人は、私をそうやって評するのですか?」

それは君の本音。偽らざる君の心。幼い頃から、大人たちは君をそうやって評価してきたのでしょう。過保護に育てられ、親に甘えた結果、浮世離れしていると言われる度に、君は何度、反抗したでしょうか。けれど、いつの間にか反抗を辞めてしまい、気が付けば、本当にそうだと思うようになってしまったのではないですか?

「私は、動物園のトラ。人は私を見に来た観光客」
君は、言いました。
「私の動き、しぐさを見ては、喜び、悲しむけれど、決して檻の中には入ってきません。私を抱きしめてくれません」

私は、そんな言葉を口にしながらも、顔色を変えず、感情もこめない君が不思議でした。
まるで機械が、与えられた音声データを再生しているようなのです。
それなのに・・・こんなに君が愛しい。

ところが、
「私は愛されたい」
君は、ぽつりと言うのです。

私は、その言葉を聞きたかったのでしょうか。
それとも、人形のように感情を表さないままの君でいて欲しいので、そんな言葉は聞きたくなかったのでしょうか。

私は次の瞬間には、君の右の手を両手で握りしめていました。
君は言葉を続けます。

「誰かと心を分かち合いたいのです。私を受け止めてくれる人が欲しい。私の話を聞き、夢を理解して、一緒に泣いてくれる人が欲しい。食事をして映画を見てくれる人ではないんです」
私は、一層君の手を強く握ります。
「無垢な私を抱きしめて欲しい。私を助けて欲しい。今のままでは、迷い苦しむしかない。そして、また私は檻の中。家族も他人も、みんな檻の外から私を見ているだけです」

私はここで、あなたに愛を語れば良いのでしょうか。
私がいます。私は、あなたのすべてを受け止めます。
だから、もう泣かないで・・・。

なのに、どうしてでしょう。私は君の悲しむ顔がもっとみたいと思ってしまったのです。

「私も、成功という道を歩きたい。満ち足りたという生活をおくりたい。貧しく渇いた毎日を過ごすのはもう、嫌なのです」

もしかして君は、普通の人になりたいのですか?
働き、家庭を持ち、適度に交友し、家族を大切にして、子育てをして、老いていく。
それは、君が最も否定している生き方ではないのですか?
そんな姿、君には似合いませんよ。

私はうすうすと感じてきました。

君は、今の自分が、本来の自分では無いのですね。ロリィタなドレスに身を包み、整形を繰り返し手に入れた、フランス人形という今の自分。それは、手に入らない、平凡で、ありきたりな自分への裏返し。

でも、私は、憤りを感じています。
私が愛しているのは、フランス人形の君なのです。
私が愛でたいフランス人形の君が、人間になりたいと言うのです。

そして、君は言ってしまいます。
「あなたとなら・・・」
君は、ガラス眼球の目から涙をこぼしたのです。

私は恐ろしくなり、君の手を離してしまいました。
感情をもった人形など、あまりにも不気味なのです。

涙を浮かべた君をおいて、私はカフェを立ちました。

あれから1年が過ぎました。
私はあなの愛に応えるべきだったのでしょうか。
私は、君が人間に戻れる機会を潰してしまったのでしょうか。
君とは1年間あっていません。
君からの連絡もなく、私からも連絡をしていません。

今日、私は、あの日、君と話していたカフェに一人でいます。
偶然でしょうか、あの日と同じ青い姫ドレスを着ています。

君は人間に戻りましたか?
それとも、今でもフランス人形ですか?
私は今でも考えます。人間の君でも愛せたのだろうか、と。

今日、偶然、君はこのカフェに入ってこないでしょうか。
私は、その答えを考えながら、今日一日、ここで偶然の君との再会を待つことにします。