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『アフターケア』episode 01

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「何なのですか、それがどうかしましたか?派遣されたから来た。それだけです」
「ええ、そうなのです。偶然にも貴女のような人が来てしまった」
この話しを聞いた瞬間、晶子は目を吊り上げ翔ちゃんを睨みつける。だが、逆に翔ちゃんは何時になく鋭い視線を昌子に向け、何か言いたそうにしていたが口をつぐんだまま動かない。
しばらくの沈黙が続き、翔ちゃんが発するオーラが重い空気を呼び込み辺りにパッと広がる。その瞬間、息が出来ない感覚に襲われた。これは、ヤバいって翔ちゃん。
 パンっとその感覚が弾ける。やっとの思いで抜け出せた時、声が聞こえた。
「当初は、貴女も普通にトメさんの介護をなさっていたのでしょう。
そしてトメさんも安心しきっていた。なんと言っても、役場の紹介ですから」
はぁはぁ、翔ちゃんが再び鋭い目で政やんを見据える。その視線に気づいたのか、政やんは沈痛な面持ちで俯いた。
それを、確認したかのように昌子へと目を向ける。今日の翔ちゃんは怖い気がした。
「え、ええ、そうですとも。私はトメさんの介護をきちっと行っていました。それが何かいけないとでも言いたいのですか?」
 先程の翔ちゃんのオーラに中てられたのか少し動揺している。だが、まだこの女は自分の犯した罪を認めてはいない。既に自分でも気づき始めているにも関わらず。
「ええ、介護だけしていればよかった」
「何が言いたいのです。あなたは」
「トメさんが日記をつけていたのをご存知ですか?行動メモと言った方がいいのかも知れませんが。どうです?」
「し、知りません。そんなもの」
 昌子は日記のことを聞いた時。表情を硬くする。ようやく自分の立場を理解したのか?
「そうでしょうね。知っていればあんなことはしなかったはずですから。ここに、その日記があります。この日記は、ゴミ屋敷の中でゴミと一緒にあったものです。だが、これだけは箱に入れ綺麗に風呂敷で包んでありました。誰かに見つけてほしかったんでしょう。読んでみますか?」
 翔ちゃんは、アタッシュケースからトメさんの日記を取り出すと、あの事実が書かれたページを開き昌子に手渡した。
 それを見た昌子の顔がみるみる青ざめる。
自分自身を取り戻そうと必死に表情を取り繕うが、逆にそれが顔をこわばらせ、頬が痙攣するのが見て取れるほど動揺をあらわにする。
「こ、これが、何だと?まさか、私がトメさんのお金を盗ったとでも言いたいのですか?」
 そう、昌子が犯した罪はすべて私達が調べ上げた。それなのに・・・見てとれるほどの動揺を隠せないでいるにも関わらず。自分の口を開こうとはしない。
「ええ、もちろん。そのつもりでお話しているのですが、あなたはそれでも惚けるつもりですか?そろそろ、お止しになったらいかがです。すべて調べたうえでこちらは話しているのですけれど」
昌子はそれを聞いてもまだ押し黙ったまま自分の口から罪を告白しようとはしない。
「仕方ありませんね。これに見覚えがありますよね」
 翔ちゃんは、ため息交じりに口にする。ゆっくりとアタッシュケースから通帳を取り出すと昌子に見せた。トメさんのあの通帳。
引き落としのあった日付。
佐々木昌子の介護訪問する日。
毎週金曜日、引き落とされていた金額は十万円ずつ。何回にも亘って引き落とされていた。それを見た昌子は不思議と表情が和らいだ気がした。それでも、口を開こうとはしない。翔ちゃんは、次に、楓さんから受け取ったATMの写真も見せた。
「これでどうです?銀行であなたがトメさんの、この通帳から何度もお金を引き落としている動かぬ証拠ってやつです。ここまでしないとあなたは罪を認めないのですか?」
 それを聞いた時昌子は笑った気がした。
「そうですか、全部調べたのですね。何処で手に入れたか知りませんが、確かに私がやりました。そこまで調べているのであれば、あの短刀も私がやったとご存知なのでしょう」
 やはり、昌子の表情が変わっている。
「はい、もちろん」そう言うと、短刀を売った骨董店の名前と場所、そして店長に確認も取れたことを告げる。
確認の為、鮮明にした短刀の写真も見せた。
翔ちゃんも、何時もの翔ちゃんだ。何故?
いつの間にか、罪を問う者と罪を問われる者のとの関係ではなく、人と人との関係性に変化していることが不思議でならなかった。
「そうですか」 昌子はそう言ったきり、押し黙ってしまい。俯いた。
「あなたは、此処に来てトメさんの介護をするようになってから、何かのきっかけで財布からお金を抜き取った。そして、それがトメさんに解らないと知れると味をしめ毎週それを繰り返した。それでも飽き足らず、通帳に手を出してしまった。最後にはトメさんの大事にしていた形見の短刀までも売ってしまった。だが、トメさんはそれに気づいてしまう。日記を何度も読み返し、自分の勘違いでないということに・・・しかし、トメさんが気付いた時には遅かった。病気のせいで気づいたことさえ忘れてしまった。それで、あなたは罪に問われる事無くそうしていられる」
「そのとりです」昌子は俯いたまま言った。
「だが、トメさんは記憶をなくしても、あの短刀だけは取り戻さないといけない。そんな気持ちが心のどこかにあったのでしょう。だから、外で見かけたものをやたら収集するようになった。それが、此処のゴミ屋敷の始まりだ。その原因を作ったのもあなただ。佐々木昌子さん。あなたは、まっとうに生きてきたあの婆さんの人生最後の大事な時期に泥を塗ったことになる。それを頭に叩き込んでおくんだな。一生」
「はい。申し訳ありませんでした」
 そう言った昌子は、俯いたまま大粒の涙を流していた。昌子のやったことは許されることでは決してない。しかし、介護の辛さや金銭面を考えると、昌子一人の問題ではないような気がする。こんなことを言えば怒られるかもしれないが、人に尽くす仕事をしている方達をもう少し敬う社会性があってもよさそうなものだ。
「それで、どうするつもりなんだ翔ちゃん」
 今まで沈黙を守り通した政やんが口を開いた。すべての事情を知った上でこれからどうすべきか、このような事件に巻き込まれてしまったトメさんは、既にこの世にはいない。
「ああ、そうだな。俺らは刑事でも何でもない。事実を知った所で何をする訳でもない。
ただ、介護の仕事を目指した程の人だ、これから何をすべきか佐々木昌子さんなら理解しているはずだ。だから、俺らは何もしない。それが答えだ。なあ、千里」
 翔ちゃんが私の方に向き直ると笑顔を見せる。そう、私達は何もしない。
「うん、もちろん」
「ありがとうございます」
俯いたままでいた昌子が顔をあげる。その時この人なら大丈夫と思えた。翔ちゃんの思いが伝わったはずだ。きっと立ち直れる。
「そうか、なら俺はこの人の意思を尊重するまでだ。じゃあ、俺はこの辺で失礼する」
 そう言うと、政やんは立ち上がり帰ろうとした。だが、翔ちゃんはそれを許さなかった。
「ちょっと待て、政文」そう言いながら、昌子の方に目線を向けると状況を考えろといわんばかりに目配せしている。政やんは意外に鈍感なところがある。
「あ、ああ。佐々木さんこれからどうなさいます」
昌子に向け話す政やん。それでいい。
作品名:『アフターケア』episode 01 作家名:槐妖