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門田京平の配慮


 九月も終わりに近付いているというのに、まだ蝉の鳴き声が聞こえる。今年は梅雨明けが遅かったせいか、夏が終わるのも遅い。天気予報では、暖冬になりそうだと報じられていた。
 教室には、体操服姿の生徒が入り乱れている。文化祭前の放課後は、ほとんどの生徒が汚れを気にして、体操服に着替えて作業していた。冷房の無い教室は日中うだるような暑さだったが、日が傾いてくると風が吹き始め、いくらか過ごしやすくなった。風を受けてカーテンが翻る。
「ペンキ無くなりそう! 誰か買って来て!」
 教室に放たれた声に、カーテンを束ねていた門田が振り返った。声を上げたのは、出入り口の装飾を担当していた女子だ。周囲には新聞紙や刷毛、バケツ等が散乱している。手が空いていた門田は、快く買出しを引き受けた。その実、教室内の騒がしいムードから抜け出したいと思っていただけなのだが、顔に出したりはしない。予算の入った封筒から必要なだけ抜き出し、雑にジャージのポケットにしまう。上は体操服、下はジャージという格好で表を歩くのには抵抗があるが、文化祭前は何故かあまり気にならない。集団心理に染まっているのだろう。門田は特に急ぐでもなく、作業で廊下にひしめいている生徒達の合間を縫った。文化祭はもう明日だ。

 校舎を出る間際になって、自転車の鍵を置いてきたことを思い出したが、面倒になった門田はそのまま徒歩で出かけた。元々、ホームセンターまでは大した距離ではない。黄色と青のペンキを二缶づつ購入する。ペンキの缶はずっしりと重く、ビニール袋では少し心許ない。
 門田はふと思いついて、教室に戻る前に校舎脇の自販機に寄った。愛飲しているコーヒーを購入する。少しぐらいの寄り道はいいだろう。自分に言い訳をしながら、夕焼けに染まる校舎を見上げた。
 門田は、ふと違和感を持った。自分の教室の隣の窓が、一つ開いている。隣は空き教室のはずだった。この高校は少子化の影響か、単なる人気の問題なのか、クラス数は減少傾向にある。各学年に一、二部屋は空き教室なのだが、基本的に鍵が掛かっていて入れない。それは文化祭前でも同じことだったので、生徒間ではよく不満が持ち上がっていた。
 目を凝らしてみると、白いカーテンの隙間から、微かに黒い頭が覗いていた。門田はしばらく考えてから、紙パックのジュースを買って教室に戻った。



 隣の空き教室の扉に手をかけると、何の抵抗も無く開いた。教室の電気は消灯しているようだ。門田は音を立てないように、静かに中の様子を伺う。
 想像に違わず、折原臨也が窓際の席に座っていた。熱心に何か書いているようだ。臨也は、校内で一、二を争う有名人だ。臨也本人も得体が知れない、薄気味悪い人間だが、校内で臨也を有名たらしめているのは、一重に平和島静雄との喧嘩が原因だろう。入学早々職員室を半壊させ、二年も半ばになった現在でも、大規模な乱闘を繰り返している。進級時にはどうせ退学になるだろうと、誰もが期待交じりの推測をしていたのだが、臨也は学年が上がっても平然と教室の片隅に陣取っていた。四月の始業式の日、教室内が俄かにざわめいたのを、門田は覚えている。

 門田は廊下を見通して、見咎める生徒が居ないのを確認すると、素早く空き教室に身を滑り込ませた。臨也は何やら書き付けていたペンを止め、顔を上げる。
「見つかっちゃった」
 用意していたような台詞だ。恐らく、外から伺っている時点で気配に気付いていたのだろう。臨也は慌てる様子もなく、歩み寄る門田に微笑みかける。門田が黙ったまま紙パックのジュースを投げると、臨也は難なくキャッチした。
「くれるの? ラッキー。ドタチンは文化祭の準備? 大変だね」
 悪びれもせずに臨也が笑う。臨也とは元から面識があったが、同じクラスになると前にもまして絡まれるようになった。何が臨也の関心を引いたかは分からないが、今のところ大した害も無いので好きにさせている。
「同じクラスだろうが。せめて着替えるぐらいはしろよ」
 臨也は制服のままだった。半袖のカッターシャツから覗く腕は、古い引っ掻き傷から真新しい青あざまで、まともな皮膚が半分しかない。自業自得だろうと推察されるので同情はしないが、視覚には痛々く映った。
「だって、俺が行ったらみんな気を遣うでしょ」
「冗談はよせ」
 門田は、さもクラスで浮いてる生徒のような、被害者ぶった物言いを一蹴する。
「本当だって。じゃあ、ドタチンが一緒にいてくれる?」
 あざとく上目遣いで尋ねる臨也に、門田は深く溜め息をついた。臨也は腐った汚泥のような内面とは裏腹に、外見は作り物のように整っていた。校内外に関わらず、女子の取り巻きがいるぐらいだ。本人もそのことを良く理解してるので、余計に性質が悪い人間に仕上がっている。
「甘えるな。面倒くさいだけだろうが」
 門田は缶コーヒーのプルトップを開け、不快な感情ごと飲み下す。臨也は気を悪くした様子もなく、手元の紙を三つ折りに折り畳んだ。淡い桃色で、花の型押しで装飾されている。
「なんだそれ」
 門田は考えると同時に口に出した。臨也には似合わない、可愛らしい意匠だ。臨也はもったいぶるように、几帳面に三つ折りにした便箋を封筒に収める。
「これはね、ラブレター」
 聞いた途端、門田は眉を寄せた。どうせろくでもないことを考えているに違いない。門田が何か言おうか逡巡していると、先に臨也が口を開いた。
「ねえ見て。ここから一年生のクラスが見える」
 カーテンと窓を全開にして、臨也が校門を指し示した。窓際に寄って視線を向けると、夕焼けの中で風に煽られる資材を支え、飾り付けをしている様子が見て取れた。門の装飾は、毎年一年生のクラスの担当だ。
「あの脚立に乗ってる子。ショートカットの子がいるでしょ?」
 臨也が言い募る。門田が目を凝らして見ると、そのショートカットの少女には見覚えがあった。確か同じ委員会だったと思い出したところで、四月のホームルームを回想する。門田は元々、委員会など入るつもりは無かったのに、臨也が勝手に推薦したのだ。缶コーヒーを持つ手に思わず力が入った。
「それがどうした?」
 話の脈絡としては、臨也の言うラブレターの宛先だろうか。門田は内心苦虫を噛み潰す。臨也の言うラブレターの意味がどうであれ、年下の少女、しかも顔見知りに魔手が伸びようとしているのは、あまり良い気分ではない。
「違うよ。あの子はね、ドタチンが好きなんだ」
 門田は飲みかけていたコーヒーで咽た。門田の心中を読んだような臨也の発言は、とんでもない方向に転がる。
「あれ、好みじゃなかった? 他にもいるけど、教えてあげようか?」
 あっけらかんとした臨也の物言いに、門田は眉を顰める。
「いや、いい。言うな」
「そう? 可愛い子もいるのに」
 臨也は不思議そうに首を傾げる。門田には何がしたいのかさっぱり分からない。
「どうしてお前がそんなこと知ってるんだ」
 聞いた途端に薮蛇だったかと後悔したが、もう遅い。臨也が待ってましたとばかりにアクセルを踏み込む。
作品名:恋文 作家名:窓子