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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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SCARLET A



 花笠カオリの逮捕の報は一夜にして全国を駆け巡り、そしてそれは赤坂町も例外ではなく、また烏山高校の生徒達もその例に漏れなかった。高校生が朝のニュースをテレビにしろ、新聞にしろ、ネットにしろ、どんな方法であるにせよ、耳にした(目にした)ということは社会人の一歩手前としては正しい姿なのかもしれない。それが他の高等学校であるならば素直にそう言える所なのだが、花笠カオリはこの烏山高校の生徒であるのだ。知っていない方がおかしいと言える。多くの生徒は、聞き慣れた高校の名前を聞いた親から登校前に聞かされたというケースが多いだろう。只の偏見だ。
 その烏山高校の三年C組の生徒は、殺人姫が同じ高校であることに加え、同じクラスであるというボーナス付きだ。朝から頭が重くなって俯いてしまうのも仕方のないことだと思う。
 クラスメイトが殺人姫で、そして逮捕された。その事実を、皆は一体どう受け止めているのか、推し量ることは出来ない。悲愴か、あるいは侮蔑か。「何で彼女が」と思う者もいれば、「ああ、やっぱり」と思う者もいる。教室と言う小さなコミュニティでも、人一人に対する感情や感想は違ってくる。だからこのクラスでの、今回の事件への統一見解を出すことは不可能で、無意味なことだ。そうであることを、皆は無意識的に思っているのか、誰一人として花笠カオリの名前を、今日この教室で口に出す人間はいなかった。
 否、いたか。
「あー…花笠はなんだ、まぁ、皆、あいつのことをあまり悪く言ってやるな。」とぐちゃぐちゃと意味の分からないことを朝のホームルームで言った担任と、
「皆、花笠さんが何であんな犯罪に走ったのか私達には分からないわ。けれども彼女には彼女なりの理由があって、きっと仕様がなく、こういうことになってしまったの。だから皆、花笠さんが一刻も早く更生出来るように、彼女を励ましてあげようっ!」とその後も模範的とも言える演説を述べたクラス委員で生徒会副会長の染崎明日香だけだった。

 二人の意見に、誰もが同調も、反対もしなかった。

 花笠カオリの話題は避けられていた。話している人間もいるだろうが、他人には聞かれないように、一段も二段も、声のトーンを下げて会話をしているだろう。コソコソと。
意図的に避けられた話題は、「避けられた」という事実から、より人の心を魅了してやまない。そんな二律背反は、不当な評価や、根も葉もない噂を呼ぶ。ああやっぱり彼女は昔から人殺しをしていたとか、彼女は夜な夜な人殺しを楽しんでいたとか、殺人姫と一緒の教室で勉学に勤しんでいたのか、なんて怖いとか。
 それが余りに的外れで、僕にはそれがとてもおかしかった。そしてとても不愉快だった。誰一人として彼女のことを話そうとはしないのに、影ではこそこそと根拠のないネガティブキャンペーンを繰り返している様は、とても滑稽で、余りに理不尽だった。
 僕にはそれを咎める権利はない。
 この状況を作った張本人は、この僕なのだから。
 昼休みは一人少ないグループでの食事だった。作ってくれた母さんとばあちゃんには悪いが、最高に味気なく、最高に美味くない食事だった。否、不味いのは食事ではなく、その環境か。谷川は何時も通りに見えるが、やはり色が暗い。昨日の昼休みも、恐らく僕と同じ推測に至ったであろう友人は澄ました顔をしてナーバスな気分だ。大輔は大輔のくせに無口に食を進めている時点で、色を見るまでもなくその心情は察せるだろう。五条さんは何時も通りの変わらぬ赤色で、何時も通りのペースで箸を(スプーンを)進めていた。キョトンともしていない。
 誰も、話したがらない。
 僕も、話さない。話すつもりもない。
 僕は、この事件に関わる気はない。否、最初から、こんな事件に関わる気などはなかった。僕の知的欲求が、結果的に関わってしまっただけだ。
 それはこれからも、変わらない。そのつもりだ。

 誰も何も喋らずに昼休みは終了し、午後の授業も一瞬で終わっていた。
 気が付いたら放課後で、気が付いたら大輔は既に帰っていた。
「まぁ、結構ショックなんじゃないかな。」
 何がショックかは、谷川は言わなかった。その谷川も、さっさと帰っていった。
 いつもなら一緒に帰る面子は、今日はバラバラだった。そこに哀愁やらなにやらを普通は覚えるのだろうが、今日の僕にとっては、それは都合が良かった。今日は少し、寄りたい所があり、それはあまり知られたくないことだったからだ。
 前の席の女子がゆっくりと帰宅の準備をする。彼女はこの教室に誰よりも早く来るが、それはこの準備の遅さからかもしれない。遅いからこそ、早く着くようにする。当然と言えば、当然のような気がする。
 五条五月。赤い色の女性。無口で無機質な彼女は、同じく赤い色に変貌した花笠カオリとは、似ても似つかない。同じく赤い染崎明日香とも、やはり似ても似つかない。この三人はまったく似ていない。彼女達から共通点を見出すのは、恐らく不可能だ。
 だから昨日は共通を探すのではなく、差異を探すことにした。橙色から変貌した、彼女の魂。その以前と以後で、彼女にどのような違いがあったのか、彼女の魂を変貌させる程の何があったのか、それを調べた。
 これは、まだ推測でしかないが、彼女の色を変貌させた原因は、彼女の犯した罪に起因するのではないだろうか。ああそうだ、殺人などというイカレた行為をしてしまえば、その人自身を表す魂の色が変貌してしまっても不思議ではない。
 則ち、赤い色というのは、殺人を犯してしまった者の色なのではないのだろうか。
 五条五月も、染崎明日香も、殺人を犯したことがあるのだろうか。

 そして、気になることがある。
 花笠さんは言っていた。「あいつ」に助けられたと。「あいつ」とは、誰か。
 花笠さんと「あいつ」はかなり親しい間柄に感じられた。そうすると彼女の友達である可能性が非常に高いのだが、僕は彼女の交流関係に詳しくない。知っいるのは、このクラスでの立ち位置程度だ。それに花笠さんが「あいつ」に助けられたのは小学生の頃の話で、もしそ「あいつ」と学校が違うのであれば僕はもうお手上げだ。
 だがしかし、「あいつ」がこの学校の生徒であるならば、人数はかなり限られて来る筈だ。
 彼女は「あいつ」の為に殺人を犯した。なら十中八九、「あいつ」は花笠さんの犯行現場に居合わせており、そして現場には烏山高校生徒のボタンが落ちていた。そのボタンが「あいつ」のものである可能性は高く、それはつまり「あいつ」とはこの学校の生徒であるということにもなる。勿論、ボタンが「あいつ」のものでない可能性もあり、その場合詳細不明の第三者が出てくることにもなる。しかしそれはいくらなんでも飛躍が過ぎる。居もしない人間を疑う無限ループだけは御免被りたい。
 そしてほぼ毎日、一人殺して来た殺人姫。それは今日まで変わらない。一日に一人が殺されて来たと言う事実は。
 花笠さんが犯した殺人もまた、「一日に一人」というルールに組み込まれている。しかし彼女は、殺人姫ではない。何故、花笠カオリが罪を犯した日に限って、殺人姫は誰も殺さなかったのか。