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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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「じゃあ私は行くから、後は頼んだわよ、後藤君。」
 後藤君とは今日の日直である。ホームルームが終了して早々にクラス委員長である染崎明日香は廊下へと姿を消した。
「いいんちょは毎日たいへんだなぁ。今日も理科室の見回りか?」
 大輔は染崎さんのことを『いいんちょ』と呼ぶ。由来は説明するまでもないだろう。
「あぁそうか、なんだっけ、なんか盗まれてるんだっけ?」
 谷川に聞けば、谷川の知っていることは大抵教えてもらえる。
「メスに薬品かな、他にも備品が減ってるらしいよ。ルーペとか、試験管とか、フラスコとか。幸い、顕微鏡みたいな高価なものは無くなってないみたいだね。」
 犯人は実験でもする気なのだろうか。
「盗まれてるとも限らないけどね。誰かが壊しちゃってそれを隠してるだけかも。薬品も量を間違えちゃっただけとか。ほぼ毎日委員長さんが見回りしてるから、盗みは無いんじゃないかなぁ。」
 そういえば染崎さん、ここの所の昼休みと放課後は毎日理科室に行ってるなぁ。
「でも減ってるんだろ?」
「ちょくちょくね。最近はそうでもないらしいけど、念のため、でしょ。」
 染崎さんのことだ、多分、誰に言われた訳でもなく、自分から見回りを申し出たんだろう。
「なんだぁ雪人ぉ、いいんちょと一緒にご帰宅したいワケ?」
「一緒に帰るったって、彼女は若木町の方向じゃないか。」
 ここ市立烏山高校は赤坂町に位置する。若木町は隣町とはいえかなり遠く、交通手段もバスしかない。何気にここの学校に来るのには骨が折れるのだ。何故わざわざ遠い、しかも市立の高校に若木町住民が来ているかというと、単に若木町近くに高校が無いからだ。若木町は都心に近く、そこそこ文化的な街ではあるが、狭い。オフィスビルが幾つか並び、鉄道も走っていれば学校などという広大な土地を使う施設は建てられない。そんな訳で若木町の中学校卒業生は烏山高校に行くしか無いのである。
「委員長さんってわざわざ若木町から来てるんだよねぇ。彼女の成績なら特待で私立の高校に行けたんじゃないかなぁ。」
「そこは家庭の事情っていうか、のっぴきならない理由があるんだろう。僕らが詮索していいことじゃない。」
「おうおうその通り!ユキトの言う通りだね!お前らは女子に対してデリカシーが無さ過ぎるぞ。」
 デリカシーと言う言葉が一番似合いそうにない女子の花笠さんがやってきた。彼女は赤坂町住まいなので大抵一緒に帰っている。
「でも染崎さんも、あんまり遅く残ってると例の殺人姫とはち合わせちゃうかもよ。連続殺人事件だって若木町で起きてるんだし。」
「それこそアスカは心得てるって。アイツは私たちの誰よりも頭が良くて慎重だからな。」
 確かに。若木町住まいである彼女の方が赤坂町住まいである僕たちよりも例の連続殺人事件への関心は高いに決まっている。
「そう言われると大丈夫な気がしてきた。」
「あとサツキも若木町組だけど、アイツは早々と帰宅してるしな。何の問題も無いだろう。」
 そう言われて僕は五条さんを見てみた。相も変わらず無表情で目元が見えない。彼女もまた若木町からこの学校に来ている一人なのだ。一人暮らしで、こっちより地価の高い若木町に住んでいる。仕送りが豪勢なのか、彼女の親はとても裕福なのかもしれない。しかし裕福な家なのに、何故わざわざ一人暮らしをしているのだろうか。あるいは裕福故に、一人暮らしをさせているのか。
「話はそれまでにしてそろそろ帰ろうぜ。」
 大輔が急かしたのでさっさと帰宅の用意をした。僕がぱぱぱ、と鞄に持ち物を入れている間、前の席の五条さんはゆっくりスローモーションなペースで教科書を鞄の中に入れる作業をしていた。
「五条さん、また明日。」
「…また明日。」
 聞こえにくかった。

 帰り道は進路の話をしていた。態々道の真ん中で話す話題でもないような気がするが、しかし僕たちは高校三年生なのだ。気になることもあるだろう。
 花笠さんは兎に角働きたいので大学に行く気はないらしい。まぁ大学で勉強っていうのも彼女らしくない。OLって柄でもない。バイトでも何でも働いて、親父さんとどうにか暮らせればそれでいいと、彼女は朗らかに言った。
 大輔もまた大学受験を考えてはいない。大輔の実家はそば屋で、高校を卒業したらそれを継ぐために修行に入るらしい。
 谷川は私立の大学を目指すらしい。文系だ。
 僕にも聞かれたがはぐらかした。何も決まっていないからだ。大学に行くにしても、塾に行っていない。仕事も、考えたことも無かった。今まで、自分のこの「眼」のことでいっぱいだった。やりたいことなど何も無い。強いて言うなら、この目を生かせる仕事に尽きたいとしか考えてなかった。末はカウンセラーかネゴシエイターか。
 僕には目的が無かった。夕暮れの帰り道、橙に浮かぶ僕を除く三人の魂の色が輝いて見えた。それがとても羨ましく思えた。