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良き月の夜に Blue moon rises good ni

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 誰の言葉か・・・・・・『不実の実』とは。

 1

「ねぇ、朗(アキラ)。お客さんがくるわ」
「そうかい? 宅配か新聞の勧誘だろ?」
 そう言って彼は私のほうへ擦り寄ってきた。
「他人より俺らの方が重要さ」
 彼のかわいい顔が微笑み、そっと腕を伸ばす。そして、彼の白魚のような綺麗な指先が私を捉える前に無粋なブザーが鳴り響く。
「誰だよ」
彼は悪態つきながら玄関へ向かってゆく。
「直ぐに戻るから」
 お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供の瞳でそう言われると私は何も言えない。
 また二人の仲を切り裂くかのように無粋な音が鳴り響く。
「ねぇ、アキラいるんでしょ?」
 玄関の向うからは女の人の声。
 朗は振り返り、今にも泣きそうな掠れた声でこの世の絶望を一身に背負ったかのように言葉を吐き出した。
「彼女だ」

 2

 最近友達から変な噂を聞いた。
 大学の教授が教え子に手を出した、学校近くの上り電車で痴漢が多発、友達の千加子が誰のかわからない子を妊娠した、彼氏が浮気してる・・・最後のだけが噂話に踊らされないアタシが妙に気になった話題。
「そんなわけないじゃん。だって彼ったら、シャイでまだキスまでしかしてないんだよ」
 学校近くの喫茶店で砂糖とミルクを大量に入れて話半分に聞いていた。
「でもね、マキが見たって言うの」
 正面の席のエミがスプーンをくわえたまま真面目な顔で訴える。
「マキの話だよ?こないだの噂だって単なる見間違いだったじゃん」
 笑って内心の動揺を隠す。
「うーん、確かにマキの話だけじゃ信頼度低いけどさ、かほちんも見たんだよ」
「夏帆も?」
「そう。その女の子がアッキーの家に入るとこ」
 目がスッごい活き活きしてるのは女の子がこーゆー類の話が好きだからだと思いたい。
「ねぇ、ミルクこぼれてるよ?」

 そんな話をしたのがこないだの金曜。別にこんなストーカーみたいな真似はしたくないけど、はっきりさせたいじゃない?
 だから、よ。それにアタシは彼の彼女何だから問題ない。
 自分に言い聞かせ朝からずっとこのボロっちい彼のアパートに張り込んでる。
 尾行にはアンパンと牛乳が探偵物の基本らしいけど、そんなものにロマンなんて感じないからカロリーメイトのフルーツ味にアクエリアスそれにデザート、それでもこんなのを二食続けて食べたのは久々だ。
 張り込みの成果は至極簡単、彼は今日一日外に出てない、それに誰もここには来てないって事・・・・・・よく考えたら、泊り込みなら関係ないよね?
 照明が点いたら突撃しよう。小道具にちょっとお酒入ってる感を演じれば何も問題なく入れるはず。何か間違ってる気がするけど、多分それは恋が狂わせたってことにしときましょう。シェークスピアの読みすぎかしら? 劇語調になったし。
 そうと思い込めばコンビニまでお酒を買いに行こう。
 
 アタシってこんなに足速かったっけ?まぁいいや。時間だって十分しかたってない。もし、アタシがいない間に泥棒猫が来ててもまだ間に合う。むしろ現場を押さえられる。何も無かったら今日は彼のとこで・・・・・・おっと、涎が。
 口元を拭いながらギィギィ鳴る、今にも崩れそうな階段を昇り彼の部屋の前で一呼吸、そして。
「ねぇ、アキラいるんでしょ?」
ブザーを鳴らしガンガン戸を叩く。
「ちょっと、待って」
 焦って裏返った声の彼。
証拠を隠滅する前に突入してやろう。深呼吸を大きく三回して準備運動よろしく肩やら腕を回して突入しようとしたら、タイミング良く向こうから開けた。
「ちょっとゴミ片付けるから」
そう女の子みたいな高い声(まるで声優みたいな声)で言い、急いで出てきたのだろう下はジーパン上は裸で出てきた。シャワーにでも入ってたっぽい格好。いい香りがする。 
「わかったぁ」
「もしかして酔ってる?」
「そんなこと無いよぉ」
「そう? ならいいんだけど、本当にちょっとだけ待ってて。後、騒がないで」
 それだけ言ってまた中に戻って行った。ガチャガチャと音を鳴らしてる。本当にゴミを片してるだけみたい。
 やっぱりただの噂かな?
 噂に決まってるよね。
「まだ汚いけど上がって」
上にシャツを羽織って。

 3 

「どうしよう?」
弱気な朗の言葉。やるべき事はわかってるのに。
「もうバラしちゃおうよ」
彼の目の色が変わった。
「それは、駄目だよ」
泣きそうな声が片付いた小奇麗な部屋に弱々しげに響く。子動物系のかわいい仕草。
「わかってる、大丈夫よ。バレない様にちゃんと手伝うから」
ぎこちない笑顔を貼り付けて微笑む。
「泣きそうだよ?」
「あなたもね」
 偽装工作が始まった。

「ちょっと、待って」
彼は服を手早く脱ぎ脱衣所へ向かい髪を濡らして出てきた。
そして、こちらに微笑み「待ってて」と投げかけ玄関に。
「ちょっとゴミ片付けるから」
「わかったぁ」
「もしかして酔ってる?」
「そんなこと無いよぉ」
 まだ、日も暮れ始めたばかりだというのに酒浸る女のために彼が奔走するなんて。
「ちょっと時間稼げたかも」
 子供の様な可愛らしい誇らしげな笑顔。
 でも、手早く私の服や物を片し始める。
「ごめん、多分すぐ帰ると思うから」
 そう言って戸を閉めた。

「まだ汚いけど上がって」
 彼の優しい声。私以外にも向けられるなんて、考えなかったわけじゃないけどやっぱり少し胸が苦しくなる。
「十分綺麗じゃない」
 あの酔っ払い女の声。
「そう?適当に座って」
「そうするわ」
 物が転がる音・・・・・・あの女、寝転んだな。
「大丈夫?」
「平気よ」 
 こんなありきたりなやり取りでさえ嫉妬する。私って心が狭いのかしら?

 ちょっと驚かしてやろう。

「ねぇ、アキラ。今なんかあの部屋から音がしたよ」
「そう? なんか積んどいた物でも落ちたんじゃない?」
 動揺してる。
「見なくていいの?」
「平気でしょ」
 平気じゃないよ、淋しいよ。
「もしかして誰か居たり」
 フフッ、と笑ってる、結構勘がいいようね。
「泥棒だったりね」
 朗も上手く合わせてる。これ以上彼に迷惑かけられない、少し静かにしていよう。

 4

 酔っ払いの演技をして彼の部屋に侵入成功。もし、仮に彼が浮気してたらその証拠をついでに押さえる・・・・・・でも、押さえてどうしたいのかしら? 謝らせたい? 少し違う気がする。では、それを理由に別れたい? それも違う。なら、なんで浮気なんて調べてるのかしら? うっかり酔いが回ってきたのか変な事を考え始めてる。
 でも、彼が浮気をしてないのがベストなんだけど。むしろ、浮気してない証拠を探せばいいんじゃない?
 アタシったら天才ね・・・・・・自分の馬鹿さ加減を改めて見て、見て?
 そう言えば、この家やたらと姿見が多いのよね。ドアの裏、リビングのど真ん中。それに台所、洗面台、トイレにも鏡がある。まるでミラーハウスのよう。鏡を中心に生活が回っているみたい。
 やけに紅い自身を見て自信を無くしたとこで、靴をほいほいっ、と靴を散らかす様にして、よたよたとリビングへ歩く。本気で酔いが回ってきたかも。にしても、一人暮らしにしては広い部屋だ。ルームシェアとかしたらいいのに、主にアタシと。