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手掌

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一旦鉛筆を置いた。まだもう少しはやるつもりだし、みんなでやっている以上私だけ遊びだすわけにもいかないのだけど、もう少し手が痛くなってきた。何度か握って開いてを繰り返して、開いた状態で止めてその手のひらを眺めてみる。生命線は大きく反り返って長い。私の手相の知識ではそれくらいしかわからない。
 自分の手はなかなか綺麗だと思う。真っ白だし、肌理細かい。細い指も中々様になっている。爪は綺麗に切りそろえられているけど、磨かれてもいる。その光沢が肌色に映える。美しい、と言ってやってもいい。力を入れて手入れしているだけのことはあるし、素地も悪くない。顔では美佳に敵わないし、気の良さで奈緒に勝てる人は歴史上の偉人を含めても私は知らない。頭の良さではみんな同じくらい。なんとか赤点つけられるのを免れている、その程度。その時々で抜いたり抜かれたり。それはあまり気にしていない。だけど、手でだけは負けたくない。それほど醜い感情でもない。純粋に、手の綺麗さだけは自慢であるだけ。
 いろんな角度から手を見てみる。思えば、私の人生のうちで手がどれだけ大きな意味を持っていることだろう。これがなければ満足に食事も出来ないだろうし、勉強もできないだろうし、自転車にも乗れないだろう。他にも思いつかない出来ないことはいっぱいあるに違いない。そんな手を今私は酷使している。私は中々人使いの荒い性格をしているらしかった。
 少しだけ指に角度をつけて眺めてみると、小指の向こう、あまり見る機会のない部分が目に入った。
 そうだ、小学生の時はよくここを汚したものだった。私の通っていた小学校はシャープペンシルが禁止になっていて、BかHBを使わなければいけなかった。理由は今でもあまりよくわからない。とにかくそのせいで、私の手はよく汚されたものだ。どうしても鉛筆の粉がついてしまい、黒とも銀ともつかない独特の色になってしまうのだ。私の手は綺麗ではあると思うが不器用なのである。漢字の書き取りや作文、硬筆書写ではそこを擦らせないわけにはいかない。かといって物臭な私は何かの紙を手の下に敷くというようなこともしなかった。ただ文句を言うのみだ、ああ、また黒くなってる、と。
「どうしたの、唯。さっきから全然ペン進んでないよ」
 奈緒が私を心配そうに窺う。美佳はそれでも自分のノートから目を離そうとしない。顔は良いのだけど、気があまり回らないのが美佳の少ない欠点だ。けれどいつも自然体で、相手に気を遣わせることもしない。自分が遣ってもらうことがないので、気の遣い方がわからない、ただそれだけらしい。
 対してこうしたちょっとしたことにもやりすぎるくらい気を回すのが奈緒だ。それはいいのだけど、本人にも気を遣ってやらないといけない部分が少々多すぎる。ドジというといいすぎだけど、ちょっとしたミスの多い面がある。
 対極的な二人だけど、仲は中々いいらしい。確かにお互いに刺激の絶えないことだろう。二人で完全に補色のような関係になっている。なら私は差し詰め無彩色だろうか。対応する二人の純色と一人の無彩色。なるほど綺麗な三角形である。大勢には加わらないはみ出し者の三人だ。
「ちょっと手を動かしすぎて痛くなっちゃって。腱鞘炎とかなったら大変でしょ」
 テストまともに受けられないし。奈緒はああ、そうだね、と本当に納得したように言った。
「ところでさ。二人はここ黒くする人だった」
 と小指の向こうを指して問うてみる。私はその部分の名称を良く知らない。手の腹だろうか。
「私は紙敷いてたから汚さなかったな。美佳ちゃんは」
「知らない。何の話」
 美佳は奈緒に呼びかけられて漸く顔を上げる。私の問いかけなどまるで届いていなかったのかもしれない。
「だから、鉛筆とかで書いた跡を滑らせるとここ黒くなっちゃうじゃん」
「気にしたことなかった」
 これだ、これが美佳だ。少々世間知らずであるともいえる。その美貌も、本人は並程度にしか思っていないのではないか。いや、彼女に外観なんていう概念があるかも怪しい。もう慣れたし、特に嫌な思いをしたわけでもないので気にしていないが。
「私はいつも汚してたんだよね。だからシャーペン使えるのは嬉しかったなあ」
 中学校に上がるときに買ってもらったシャープペンシルがまだ筆箱の中にあったはずだ。それを使うと手が汚れないことに気付いてとても喜び、また今までの苦労を全部小学校に責任転嫁したが、もう今となってはいい想い出に昇華しつつある。まだ私の手を汚したことを許し切れてはいないのだけど。
「そうだなあ、私もシャープペンシルが使えるの喜んだような気がする。削らなくても良いからっていう理由だった気もするけど」
 奈緒は同調してくれる。自分の認識と違っている時は反論もしてくれる。時折無理をして話に参加している節があるのだけが困りものだが。
 私はその答えを聞いて納得して、また手の痛みが引くのを待ち始めた。本当は冷やしたりするほうがいいのだろうけど、一人が席を立つと他の者にも怠惰な空気が伝わって、この勉強会が空中分離しかねない。。
 そんな私の配慮も虚しく、三分後に美佳が用を足しに立ったことからその会合はただの雑談会に変貌してしまったのだけど。
作品名:手掌 作家名:能美三紀