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里美ハチ犬伝

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◆第三話 珍客の来訪



 それは二時限目の算数の授業中だった。

 授業内容は二桁×一桁の掛け算。

 計算問題を解いていると頭の中がオーバーヒートを起こしてしまう。
 それは成績優秀の宏子にも該当することだった。

 そこで宏子は、窓側の席に座っている利点を活かし、少し気分休めとして外の景色―グランド―を眺めていた。
 すると、広大なグランドに見慣れぬモノが徘徊しているのを発見したのである。

「あれは……犬?」

 遠目ではハッキリと姿は確認できないが、おぼろげだが四本足の白い生き物―犬―であることは解かった。

 授業そっちのけで、その生き物を追いかけようとしたが―――

「それじゃ次の問題を……小林さんと、隣の藤井さん。解いてください」

 突然、二宮先生に指名され、慌てて返事をする。

「あ、はい」

 席を立ちつつ、再び窓の外を見たが、

(あれ……どこに行ったんだろう?)

 白い犬は何処かに行ったらしく、姿を見失った。
 ぼーと、立ち尽くしている宏子に里美が声を掛ける。

「どうしたの、ヒロちゃん?」

「あ、うん。なんでもないよ」

 後ろ髪を引かれながら、里美の後を追いかけていく。

 黒板には、

――22×4――
――33×7――

 と、白いチョークで大きく書かれていた。

「それじゃ、一問目は小林さん。二問目は藤井さんが解いてください」

 二宮先生はそれぞれが担当する問題を指示する。
 里美は内心、一問目の問題を望んでいたが、渋々とチョークを二本手に取り、その内一本を宏子に渡してあげる。

「ありがとう、里美ちゃん」

 同じチョークで問題に挑んでいるはずなのに、宏子はそのチョークを動かし、特に悩むことも無く計算式を書いていき問題を解いていく。

 しかし、里美の手は止まったままだった。

 里美は掛け算の暗算が、特に七の段が苦手だったこともあり、頭の中で計算しながら片手の指でも計算するも、当然ながら指の数が足らず、行き詰ってしまう。

 計算に四苦八苦していると、どこからとも無く野次が飛ぶ。

「なんだ藤井、そんな簡単な問題も解けないのかよ」

 里美はムッとした顔で振り返り、野次を飛ばしてきた問題児―掛布博和―を睨む。

「うるさいな。今、考えている最中じゃない」

「そんなの考えなくても解けるだろう」

 掛布は、あざけるかのような憎たらしい表情を浮かべていた。
 里美と掛布は犬猿の仲とまでは言わないが、掛布は誰からも犬猿の仲なのである。

「だったら、あんたが解いてみなさいよ」

「へん、そんなの簡単だよ」

 そう言うと掛布は立ち上がり、意気揚々と前に出ようとしたが、

「掛布くん。チョッカイを出さない、来ないの」

 二宮先生が制止し、そして問題に悩む里美にアドバイスを与える。

「藤井さん。間違っても良いから自力で解いてみなさいね。教室は間違う所。間違って、何が間違っているのかが気づく事が大切なんですからね」

 そうは言うものの。
 皆の前に出るという事が、恥ずかしく思えるようになる年頃でもあり、そんな皆の前で間違うという事は、歳を取る事によってより“恥”を感じてしまう。

 その為か学年が上がるにつれて、率先として手を上げて答える生徒が少なくなってしまうものである。

 しかし、里美の場合は皆の前で間違うよりは、間違って馬鹿な相手(掛布)に馬鹿にされる事が嫌な訳で、ここは何としてでも正解しなければならないという使命が生じてしまっていた。

 だが、それが変にプレッシャーを感じてしまい、頭をフル回転するものの「七一が七、七に十四、七三、二十…二?」と、単純な計算ミスを仕出かしてしまう。

「さ、里美ちゃ……」

 悩む里美を見かねて宏子が助け舟を出そうとしたが、

「ほら小林がまだかと、待ってるぞ!」

 掛布のツッコミが一歩早く、言うタイミングを逃してしまった。

「わっ、分かってるわよ!」

 掛布の何気ない一言は「独りでも問題は解け」という釘を差すもので、これで里美から宏子に助言を求めることが封じられた。

 どちらにしろ、里美自身が解かなければならないのだが、あらためてたった一人で問題に挑まなければならいという重圧を感じる。

 重圧は頭の回転を鈍くしてしまい、それがチョークを動かす腕にも連動する。

 そんな里美に対して―――――――――

 宏子が心配そうな顔で見つめ―――――

 二宮先生は黙って様子を伺い―――――

 掛布はニヤニヤと薄笑いを浮かべる――

 里美は皆の期待を一身に背負い、ゆっくり、そして、少しずつ計算式を書き解いていく。

 そして、百の位の数字を書こうとした、その時だった―――

「うわっ! 犬だ!」

 誰かが声をあげた。

 すると白い犬が素知らぬ顔で教室に入ってきたのである。

 教室にいる全員が一斉に突然の珍客へと視線を向け、たった一匹の犬の登場で場は騒然となり、もはや授業どころでは無くなった。

 学校とは特殊な空間だ。

 漫画とかゲーム機など普段持ち込んではいけないものがあるだけで、テンションが上がってしまう。

 これが自分の家とかだったら、そんなにテンションは上がりはしないのだが……。
 だから学校に、漫画とか持ち込みをしてしまう生徒がいるのでしょうか。

 話しが少し脱線しましたが、それは犬といった動物も同様。

 教室に普段いないはずの“モノ”が現れた。それだけで心が、はしゃぐお祭り騒ぎ。
 好奇心旺盛な生徒――特に男子たちは犬を取り囲んで触ろうとしたり、女子たちは突然の来訪者に怯え、自分の席を立ち犬から距離を取っていたりした。

 そんな騒動を皆とは少し離れた場所―黒板の前―で眺めている里美と宏子。

 クラスメート達の間から垣間見える犬の姿に里美が思わず声を上げた。

「あ、あの犬は!」

「え、里美ちゃん。どうしたの?」

「あの犬だよ、ヒロちゃん。私が朝見た、面白い犬」

「え……あれが?」

 里美が指差す犬は、宏子には何処からどう見ても雑種の野良犬……つまり普通の犬に見えた。

 その犬を取り囲んでいる男子達は「お手」だ「お座り」だと命じているが、ピンっと立てている三角形の耳に声が聞こえていないのか、それとも言葉の意味が分からないのか、それらを無視し、ただ立ち尽くしていた。

 そして誰かが犬に触ろうとすると、犬は口をガッと開き近づいてきた手を噛もうとした。

 手を差し出した生徒は素早く引っ込め難を逃れ「あっぶね〜」と冷や汗をかいた。


 他の生徒達も触ろうと手を差し出し始め、誰が一番最初に犬を触れるかのゲームを遊んでいるようだった。

「み、みんな。遊んでいないで、早く犬を教室の外に出してください!」

 怯えるグループの生徒達を盾にして、身を震えている二宮先生が注意をしてきた。
 だが、その注意は、先ほどの掛布を注意した時とは違って、弱弱しいものだった。

「あれ。もしかして先生、犬が苦手なんですか?」

 生徒の問いに図星を付かれ、さらに戸惑い困惑する二宮先生。その様子に『ワッハハハ』と笑いが起こる。
作品名:里美ハチ犬伝 作家名:和本明子