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里美ハチ犬伝

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 里美が言うCMに見覚えと聞き覚えがあり、宏子はハチという名前に納得する。

 犬の名前が一通り出揃ったが、各自名付け親になりたいのか、自分の考えた名前を譲らず、どれにするかは決まらなかった。

 段々と険悪な雰囲気となり、新たな紛争の種になり始めるのを見越して、渚がある解決策を提案する。

「だ、だったら、皆の名前を全部付けたらどうかな?」

 ゆとりある時代となり、時代は無用な面倒事や無駄なものを極力無くすようになりました。

 それは学校教育にも出てくるもので、取り合いなどの揉め事を起さないために“平等方針”を持ち込んできました。

 その方針の最たる例は、学芸会での配役。

 主役であれ脇役であれ、生徒が望む役があれば、立候補者全員が同じ役をやることが出来るのである。

 里美たちは去年の学芸会では「桃太郎」を演じたのだが、桃太郎が七人もいるということになったのだ。
 まさに茶番劇であっただろう。

 こういった平等方針を取っている小学校は、里美の小学校の他にも多々あるようだ。

「また平等ってやつか。俺、あれは好きじゃないんだよな」

 掛布は、その制度に気に食わないご様子だった。
 そんな皆の輪から外れている掛布の方を振り返り、里美が言葉を投げかけた。

「やりたい役をやれなかったら、一番文句を言いそうだけどな……」

「そりゃそうだろう。それに主役はたった一人だから目立つんだから。まぁ、だけど。その代わり俺の木の役とかが目立ったんだけどな」

 掛布は、皆がやりたがらない役を率先としてやり、何役もやることになった。
 だが、掛布が出る度に拍手と笑いが響き、ある意味主役として活躍していたようだったのである。

「掛布は、ほっといてさぁ。皆の名前を全部付けた方が良いかもね」

 と、里美が話しの筋を戻し、渚がまとめた。
 里美たちが出し合った犬の名前は、次の通り。

 アレックス。
 シロ。
 ラッシー。
 ペペ。
 ハチ。
 ヒーロー。
 ラック。
 チロル。

「ということは、アレックス、シロ、ラッシーペペ、ハチヒーローラック、チロル……」

「おい! 俺が付けた名前が入ってないぞ!」

 掛布が叫ぶも、里美たちは以心伝心で無視をする。

「長いし、覚え難いし、言い難いな……」

 有り体の感想を述べると、みんなは頷く。

「アレッ…シロラッシー……ロック? ラック?」

「アレロックスシチロールペペ……?」

「シチロールって、なんだよ?」

 自分が付けた名前はハッキリ覚えているもの、他人が付けた名前は愛着が無い分覚え難いもので、言葉につまずき、新しい名前が生まれた。

「もう略して、アレックスで良いだろう」

「それじゃダメだよ。やっぱり、全部の名前を言わないと!」

「もっと覚え易く言い易くするために、並び替えたりしないとダメだな」

 ということで、

「アレックス、ラッシー……ペペハチ、ラックシロ、ヒーローチロル」

「アレックス、チロルラッシー、ハチシロ。ペペヒーロー……」

 里美たちは言いやすく覚えやすいように、犬の名前を組み替えては述べ続ける。

「おい、俺のラックが抜けていたぞ」

「アレックスは何度も言って覚えたから、最後にしても良いんじゃない?」

「それじゃ、シロロッシー、ペペ、ハチ、ラックアレックス……」

 試行錯誤を繰り返し、ある方向性が見えてきた。

 覚え難い名前を先頭に持っていき、中間に語呂の良い名前を組み合わせ、最後に短い名前をまとめて、勢いで言うことにした。

「ラッシーラック・ヒーローアレックス・ハチペペシロチロル!」

「ラッシーはラックでヒーローアレックスのハチペペシロ、チロル!」

「え、えっと……ラッシーラックヒーローアレックス、ハチペペシロチロル!」

「ラッシーラックヒーローアレックスハチペペシロチロル!」

 なにやらお経のような呪文のような。
 それでも、やっとみんなが、一通り犬の名前を覚え言えるようになった頃には、中休みの終了を報せるチャイムが鳴り響いた。

「あ、次の授業が始まる。急いで戻らないと」

 犬の名前付けに時間はあっという間に過ぎ去り、渚たちは教室へと戻ろうとする。

「それじゃ、給食の残りを持ってきてあげるから、そこでじっと待っていてね。え〜と、ラッシーラックスハチペペシロル!」

「ちょっと違うよ、里美ちゃん。ラッシーラックヒーローアレックスハチペペシロチロルだよ」

 宏子が指摘する。

「え、ちゃんと言えてたでしょう。ラッシーラックヒーローハチぺぺチロルでしょう?」

「また、なんか違っていたよ」

「えー! 嘘? どこ?」

 宏子と里美が間違いの言い直しをしていると、

「おーい、急がないと遅れるぞ!」

 すでに出入り口付近まで移動している渚が呼びかけると、里美たちも慌てて駆け出した。

 その様子を、渡り廊下から眺めている“生徒”が居たことに、教室へと急ぐ里美たちは気づいていなかった。

 そして、犬……ラッシーラック・ヒーローアレックス・ハチペペシロチロルは、大きな欠伸をかき、体を丸めて寝に入った。

     ***

 昼休み―――

 給食時間が終わり、中休みと同様にグランドへと向かう生徒や教室に残る生徒。

 そして里美たち含む中休みで中庭にいたメンバーは、給食の残り……といっても、あえて残した残り物を持って、中庭へとやってきた。

 先ほどの紫陽花の茂みに真っ直ぐ向かい、

「あ、居た居た!」

 ラッシーラック・ヒーローアレックス・ハチペペシロチロルが居ることを確認する。

「ほら、餌を持ってきたよ! 我慢したんだからね」

 里美は原型から半分の長さになってしまった黒砂糖パンを差し出す。

 黒砂糖パンは、里美の好物の一つで、本来なら残さず食べきるのは当然として、余っていたらおかわりをするほどであった。

 それを半分も残して、ラッシーラック・ヒーローアレックス・ハチペペシロチロルにあげるのだから、本当に我慢したのだろう。

 黒砂糖パンを持つ手が震えていた。

 ただし、里美分の黒砂糖パンはしっかり里美の胃袋に入っている。

 ラッシーラック・ヒーロー……略して“犬”にあげた分は、宏子が残した黒砂糖パンであった。

 里美はその黒砂糖パンを手に持って振っていると、犬は体を起し、警戒すること無く茂みから、すんなりと出てきた。

 そして、里美の手に持つ黒砂糖パンにかぶりついた。

「おおー!」

 腹が減っていたのか、ガツガツと豪快に食べる姿を見て、里美たちは声をあげる。

「牛乳も飲むかな?」

 渚が牛乳パックを取り出し、ストローをパックの飲み口穴に突き差して穴を開通する。

「ストローで吸えないだろう」

 渚の隣にいる生徒が笑いながら忠告を入れてくれる。

「お皿とかないの?」

 牛乳を入れるための皿を求めた。だが、残念ながら誰も持っていなかった。

 給食置き場に行って、食器を奪取して来ようとしたが、

「大丈夫だよ。こうすれば……」

 渚は、差したストローを取ると、牛乳パックを強く押し込み、犬の口に目掛けて牛乳を噴射させた。
作品名:里美ハチ犬伝 作家名:和本明子