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「ごめんなさい。ごめんなさい……」
 沙織は申し訳なかった。鷹緒にとっては思い出したくもない、やはり触れてはいけない過去なのだと痛感する。そんな鷹緒が自分のために話してくれたこと、それを聞いて泣いてしまう自分の不甲斐なさが、沙織を自暴自棄にさせる。
「ごめんなさい……」
 泣きながらそう言う沙織に、鷹緒の手が触れる。長い指が、沙織の涙を拭った。
「……でも、べつに俺、自分が不幸だとか思ってないぞ? まあそんな境遇のおかげで、卑屈で格好悪い人間になっちゃったけど、家族が恋しいとか思ったのは十代のあの時期くらいだ。だから今、一人でもなんとも思わないし、ましておまえが泣くことは少しもないよ」
「うん……うん……」
 しかし沙織の涙は、とどまることを知らない。そんな沙織に、鷹緒は静かに微笑んで、そばに投げ出してあったカバンから財布を取り出すと、一枚の写真を見せる。
「これ……」
 涙で滲んだ目で、沙織はその写真を見つめた。そこには祖父母の家で見た写真とよく似た、幼い沙織と兄の雅人が写っている。こちらを向いて笑っている。
「この写真、俺の原点なんだ……」
 鷹緒が笑ってそう言った。
「え……?」
「俺が高一の時かな……伯父さんに古いカメラもらって、いろいろ撮ってた。だけど被写体といえば風景とかしかなくて、人を撮る気にもならなかったんだ。だけど夏におまえたちが遊びにきて、コロコロ変わる表情が楽しくてさ……おまえが最高に笑った時、泣いた時、それを収めたくて楽しくなってた。それからカメラに興味が沸いてね……だから、これが俺の原点。沙織がきっかけなわけ」
 鷹緒の言葉に、沙織は驚いた。
「この写真、持ち歩いてるの?」
「うーん、お守りみたいなものかな。カメラマン辞めようと思ったことは何度もあるけど、なんかこれ見ると、楽しいことしか思い浮かばないんだよな」
 笑ってそう言う鷹緒に、沙織も微笑んだ。知らなかった事実に嬉しくなる。
「私が、原点?」
「そうだよ……すぐにカメラマンになろうとは思わなかったけど、興味が沸いてた時に、近くのスタジオでカメラマンアシスタントのバイト募集してて、そこでバイト始めたんだ。そこで茜の親父さんに会って、ヒロとも出会って。カメラの技術教わって、モデルの仕事までやらされて……いろいろあったけど、原点はやっぱりそこだな」
「ありがとう。嬉しい……」
 自分を元気づけようと、そこまで話してくれた鷹緒に、沙織は微笑んだ。そう言う沙織の顔を、鷹緒が覗きこむ。
「……おまえは? 大丈夫なのか? 仕事とか。ユウとはうまくやってんの?」
 突然、鷹緒がそう尋ねたので、沙織は頷いた。
「うん、平気。交際宣言してからは、マスコミもそんなに騒がなくなってきたし……時々嫌がらせとかはあるけど、ユウがちゃんと守ってくれるし、誰かそばにいるから平気だよ。仕事も順調」
「そっか、それなら一安心だ。頑張れよ」
 笑ってそう言う鷹緒の手を、沙織が掴む。
「……鷹緒さんは? もう、頑張らないの? 家族に憧れなくたって、恋人くらい……」
 沙織が言った。その言葉に、鷹緒は静かに微笑んだ。
「うん、頑張らない。頑張れない……もう、そういうことは考えられないんだ……」
 その言葉は、沙織の心を貫くような衝撃があった。鷹緒が今まで傷ついてきた、深い傷跡が見えた気がする。もう恋に頑張れないほど、鷹緒は臆病になっている。それを知った今、沙織の瞳からはまた涙が溢れ出した。
「なんだよ。変なやつだな……」
 その涙を見て、鷹緒が苦笑して言う。
「ごめんなさい……」
 か細い声で沙織が言った。大声で泣きたい気分だった。しかしそれを抑えて、沙織は涙を流し続ける。
 そんな沙織を、鷹緒は引き寄せた。そして鷹緒は、ベッドにもたれこむ沙織を、そのまま抱きしめる。
「……泣き虫のままだな……」
「鷹緒さん……鷹緒さん!」
 堰を切ったように、沙織は鷹緒に抱きついて泣きじゃくった。
「馬鹿だな……人の過去なんて覗こうとするからだよ。おまえは基本的には幸せなんだろ? そういうことに、免疫ないんだからさ……」
「ごめんなさい……」
「俺はもう、吹っ切ってるのにな……」
 そう言う鷹緒の顔は、沙織には見えなかったが、きっと辛そうにしているに違いない。

 しばらくして、鷹緒は沙織を引き離した。沙織は大分落ち着いた様子で、腫らした目を拭いながら、鷹緒を見つめる。
「……大丈夫か? 泣かせて悪かったな」
 鷹緒の言葉に、沙織は首を振る。
「ごめんなさい……」
「いいよ……それより、いい加減、もう帰った方がいい」
「うん……ごめんね。熱があるのに……」
「何を今更……大丈夫だって」
 笑って鷹緒が言う。沙織はベッドから降りると、頭を下げた。
「いろいろ、ごめんなさい」
「もういいよ……気を付けて帰れよ」
「うん、ゆっくり休んでね。病院にも……」
「わかった。明日行くから、心配すんな」
「うん。じゃあ……」
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
 鷹緒を寝室に残して、沙織は鷹緒の部屋を出ていった。
 まだドキドキしている。これは一時の感情ではない。鷹緒のことを思えば思うほど息苦しい。沙織は懐かしいまでのこの気持ちに、自分の本心に気付かざるを得なかった。
「どうしよう。今はユウがいるのに……鷹緒さん……鷹緒さん!」
 また止まらない涙を流しながら、沙織は家へと帰っていった。

 数日後。沙織はユウに呼び出され、ユウの部屋に居た。
「どうしたの?」
 ぼうっとしている沙織に、ユウが尋ねる。
「え?」
「ぼうっとしてるじゃない。何かあった?」
 優しく尋ねるユウに、沙織は首を振る。
 あれから何度も鷹緒のことを考えた。湧き上がるように気付かされた、鷹緒への恋心。だが目の前にいるユウに知られてはいけない。しかし、このまま嘘をつき続けるのかと思うと、気が重くてたまらない。どうしたらいいのかわからず、沙織は思い悩んでいた。
「沙織?」
「ごめんね。なんか、疲れてて……」
 沙織が言った。そんな沙織の肩を、ユウは抱き寄せる。
「ごめん、急に呼び出したから……」
「そんな……ユウは悪くないよ。ツアー終わって、真っ先に声かけてくれたんじゃない」
「うん、ツアー中は会えなかったから、ずっと沙織のことを考えてたよ」
 そう笑いかけるユウを見て、沙織は泣けてきた。
「沙織?」
「ごめんね、なんでもない……」
「なんでもないって、泣きそうじゃん」
「違うの……ごめんね」
 沙織がそう言った時、テーブルに置いてあった沙織の携帯電話が鳴った。ユウが手を伸ばして、それを取り、沙織に差し出す。二人の目には、画面に映る『諸星鷹緒』の文字が見えた。沙織の表情が変わる。
「諸星さんみたいだよ。出ないの?」
 ユウの言葉に、沙織が携帯電話を受け取る。それと同時に電話が切れた。
「ああ、切れちゃったね……」
 そう言うユウの目に、複雑な表情の沙織が映った。俯き加減の沙織は戸惑っているような、困っているような顔をしている。
「……沙織の元気がないのは、諸星さんが原因?」
 黙り込んでいる沙織に、ユウが尋ねた。沙織はハッと顔を上げる。真剣なユウの瞳が、沙織を見つめている。
「……違うよ……」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音