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FLASH

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 照れくさそうにそう言うと、沙織は助手席へと身を置いた。車はそのまま、夜の街へと走り出す。
「ごめんね、あんなところで待たせて。怖かったよね……」
 すまなそうに、ユウが言った。沙織は首を振る。
「いえ。こっちこそ、コンサートのすぐ後だっていうのに、誘ってもらっちゃって……」
「ううん。一度ゆっくり話したいと思ってたんだ。何か食べたいものある? 僕、お腹ペコペコ」
「すごい運動量ですもんね。いえ、私はなんでも平気ですから、ユウさんにお任せします……」
「じゃあ、肉系いきますか」
 二人は、ユウの行きつけというハンバーグステーキハウスへと向かっていった。
「ここの店、すごく美味いんだ。結構、芸能人も御用達って感じでね。初めて事務所の社長に連れてきてもらった時は、あまりの美味さに、涙が出るほど感動しちゃったくらいだよ」
 ユウが言う。まるで昔からの友人のように、沙織に接してくれる。沙織は緊張しながらも、次第に打ち解けていった。
「どう? 芸能活動は」
 食事をしながら、ユウが尋ねた。沙織は苦笑して口を開く。
「芸能活動ってほどじゃないけど……でも、楽しいです」
「モデル業が多いんだよね。タレント業はしないの? 女優とかさ」
「私、あんまり機転利かないから……トーク番組とか、いくつかオファーはいただいているみたいなんですけど、あんまりうまくしゃべれないと思って、事務所の人もまだって感じで言ってます」
「じゃあ、女優さんでいいじゃない。台本見て覚えるだけ。演技は大変だけど、大して機転はいらないよ」
「演技なんて出来ないですよ……あ、ドラマと言えば、この間までやってたドラマ、見てましたよ。ユウさん主演で、すごいよかったです」
 沙織が言った。ユウは照れながらも、嬉しそうに微笑む。
「見ててくれてたの? 恥ずかしいな、下手っぴで……」
「そんな! 最終回なんて、私、泣きっぱなしだったんですよ」
「本当? 嬉しいなあ」
 二人は会話を弾ませていった。

 食事を終えると、ユウが沙織を家まで送り届けてくれた。
 沙織は夏休み中だけ、事務所近くで寮代わりに使っているワンルームマンションで暮らしていた。同じマンションに数人の所属モデルやタレントが暮らしている。最近は事務所が忙しいため、鷹緒のマンションスタジオは休みなく撮影などに使われている。そのため、今年はそこで暮らすことは出来なかった。
「ここでいいの?」
 ユウの質問に、沙織は頷く。
「はい。あのマンションなんです。数部屋、事務所が押さえていて、上京したての子とかが暮らしてるんですよ。たまたま空きがあったんで、私も夏休みだけお世話になることになってて……」
「そうなんだ」
「じゃあ……今日は本当にありがとうございました!」
「いいえ、こちらこそ。また一緒に食事でもしようね」
「はい!」
 沙織は深々とお辞儀をすると、車から降りる。ユウは軽く会釈をして車を走らせていった。それを見届けると、沙織はマンションへと入っていく。恋心に似た胸の高鳴りを覚えていた。

 次の日。沙織は早朝に目を覚ました。今日は午後から雑誌の撮影があるが、起きてしまって暇ということもあり、早くに事務所へ行くことにした。
「ああ、届いたよ」
 沙織が事務所に入るなり、大声で広樹が電話をしていた。電話の受話器を肩と耳で挟みながら、大きなダンボールをこじ開けている。
「それよりさ……あ、沙織ちゃん」
 突然、話の途中で広樹が沙織に声をかけた。沙織は軽く会釈する。
「おい、沙織ちゃん来たぞ……よくないよ。ちょっと待ってろよ」
 広樹は受話器を差し出す仕草で、沙織を手招きする。
「え?」
「沙織ちゃん。鷹緒だよ、鷹緒」
「え!」
 沙織は驚いた。今まで事務所宛てに鷹緒からの連絡はあったようだが、それはいつも沙織がいない時間だった。あまりの偶然に、沙織は広樹に駆け寄り、素早く受話器を受け取った。
「た、鷹緒さん?!」
 震える声で、沙織が尋ねる。
『おう……元気か?』
 少し遠めだが、変わらぬ声がそこにあった。一年ぶりの、鷹緒の肉声だ。
「鷹緒さん……うん、元気。鷹緒さんは?」
 涙目になりながら、沙織が嬉しそうに言った。
『俺? まあまあかな……』
「そっか……メールしても、全然返事くれないんだもん」
 口を尖らせて沙織が言った。鷹緒のメールアドレスは知っていたので、何度か送っているものの、向こうからは一度も返事が来たことはない。
『ああ、悪いな。あんまりそういうの得意じゃなくて……それよりCMの仕事取ったんだって? BBと共演なんて、やったじゃん』
 話題を逸らすように、鷹緒が言った。
「う、うん。これも鷹緒さんのおかげでしょ? 鷹緒さん、BBの専属カメラマンだったんだし……」
『べつに、俺は根回ししてねえよ。もっと自分に自信を持てよな』
「うん……」
 鷹緒の声が、心地よく響く。
『じゃあ、頑張れよ』
「あ、鷹緒さん」
 終わりそうな会話に、沙織がとっさに鷹緒を呼ぶ。
『なに?』
「あ……ううん。鷹緒さんも頑張ってね」
 思い留まって、沙織は静かにそう言った。相変わらず忙しいであろう鷹緒を、これ以上引き止めるわけにはいかない。
『おう。じゃあ、ヒロに代わって』
「うん……」
 沙織は広樹に電話を代わる。短い電話であったが、沙織の心を一気に軽くした。そのまま広樹は、鷹緒としばらく話をしていた。
「沙織ちゃん、ちょっと」
 電話を終えて、広樹が沙織を呼んだ。
「はい?」
「これ、鷹緒が関わってる雑誌だよ」
 そう言って、広樹がダンボールから取り出した雑誌を差し出す。
「ええ!」
 沙織は嬉しそうにそれを受け取り、中をめくる。欧米らしい雑誌の質で、たくさんの英字が並ぶ。フォト雑誌らしく、美しい写真が連なっている。雑誌の最後には、“Takao Moroboshi”の名前があった。
「それ、茜ちゃんのお父さんたちが立ち上げた雑誌でね、鷹緒が関わってるやつ。やっとちゃんと送ってきやがって……でも、向こうでもよくやってるみたいだね」
 広樹が言った。沙織は渡された雑誌を抱きしめ、広樹を見つめる。
「あの、これ、いただけませんか? お金はちゃんと支払いますから」
「あはは。いいよ、いいよ。もちろん持ってって。最初からそのつもりだし」
「ありがとうございます! じゃあ私、もう行きます!」
 沙織はお辞儀をしてそう言うと、雑誌を握り締めて事務所を飛び出した。
 そのまま沙織は近くのカフェでじっくりと鷹緒の雑誌を読んだ。表紙の写真はクールな感じで、外国人が写っている。アングルや雰囲気が、明らかに鷹緒の写真だと思った。
 午後の仕事の時間まで、沙織はずっとその雑誌を眺めていた。


作品名:FLASH 作家名:あいる.華音