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FLASH

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1、はじまり





 あなたが放つフラッシュに魔法をかけられたように、あなたのことが頭に焼きついて、離れない……。


     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 大晦日――。
「すげえな、沙織。BBの年越しライブのチケットが手に入るなんて。しかもタダ、しかもビップ? おまえ、何者だよ」
 寒空の下、寄り添い歩くカップルたちの中で、一際大きい声で少年が言った。
「親戚がギョーカイの人でね。わりと顔が利くらしいんだ」
 少年と手を繋いでいた少女がそう答える。少女の名は、小澤沙織(おざわさおり)。十六歳の女子高生だ。隣にいる少年は一つ年上の、遠山篤(とおやまあつし)。二人は同じ高校で知り合い、つき合っている。
 大晦日のこの日、二人は沙織の親戚から手に入れたレアチケットで、人気歌手グループ・BBの、年越しライブに来ていた。
「業界の人ってなんだよ。プロデューサーとか?」
 目を輝かせて、篤が尋ねた。そんな篤に、沙織は首を振る。
「わかんない」
「わかんないって、親戚だろう。それに、ホラ……これからも、そういうチケットとか手に入るかな?」
「親戚っていっても、遠い親戚なの。それに、篤がBBの熱烈ファンだから、無理やりお母さんに頼んだんだよ。おかげで、ちょっとバイトするハメになっちゃったけど……」
「バイト? なんだよ、それ」
「チケット取るかわりに、その人の事務所で手伝いすることになったんだ。なんか、すごく忙しい時期みたいでね」
 苦笑しながら、溜息まじりに沙織が言う。
「手伝いって、何すんの?」
「わかんないけど、雑用とかだと思うよ。それより、早く行こうよ」
「うん」
 二人は、コンサート会場へと急いだ。

 数日後。沙織は、都内の小さなタレント事務所へと入っていった。
「あの……」
 狭い事務所には、数人が慌しく動いている。
「はい?」
 受付で、たった今まで電話をしていた女性が、沙織を見て返事をした。
「あの……小澤といいます。今日、ここに来るように言われて……」
「ええっと、ちょっと待ってね。ヒロさん!」
 女性は突然、奥へと叫んだ。
「なあに? 牧ちゃん」
 奥から、男性の声が聞こえる。
「小澤さんっていう方が来てますけど」
「ああ、鷹緒(たかお)の親戚の子だろ? 聞いてるよ」
 そう言いながら、奥から三十歳くらいの男性が出てきた。大きな目が優しそうに輝き、整えられた髭を生やし、長めの髪を後ろで束ねている。
「小澤……沙織ちゃんだね。聞いてます。鷹緒の親戚だって?」
 男性は気さくな感じで、沙織に話しかける。
「はい。鷹緒お兄ちゃんと、母が従兄弟同士で……」
 頷きながら沙織が言った。鷹緒とは、沙織に人気歌手グループであるBBのチケットを用意してくれた親戚だが、子供の頃に会っただけで、もう何年も会っていない。
「鷹緒お兄ちゃん……鷹緒さんにも、こんな可愛い親戚がいらっしゃったんですね」
 受付の女性が言った。その言葉に、男性が苦笑して口を開く。
「ハハハ。牧ちゃん、意外と失礼だねえ……さて、じゃあちょっと待っててくれる? 今、ちょっと手が離せなくてね。こっちの仕事が終わったら、すぐに別の場所へ移動して、そこで手伝ってもらうから……って、紹介が遅れたね。僕はこの事務所社長の、木村広樹(きむらひろき)です。この子は、うちの看板受付嬢の、牧美里(まきみさと)ちゃん。君には今日から数日間、うちの事務所を手伝ってもらうから、よろしくね」
 社長と名乗った男性が、そう言った。
「はい、よろしくお願いします。あの……鷹緒お兄ちゃんは?」
 お辞儀をして、沙織が尋ねる。
「ああ、あいつは今、スタジオにこもってるんだ。あとでそこへ行って、手伝ってもらうよ。この時期、忙しいから助かるよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
 沙織がそう言うと、社長の広樹は頷いて、奥へと戻っていった。
「じゃあ、沙織ちゃんはそこに座って、ヒロさん待っててくれるかな?」
 缶ジュースを差し出して、牧が応接スペースに座るよう勧める。
「はい。ありがとうございます……」
 沙織はきょろきょろしながら、ソファへと座った。小さいながらもタレント事務所というオフィスは、たくさんのポスターや写真が壁に貼られている。
 沙織が座る目の前のテーブルにも、所狭しと書類が積み上げられ、写真が無造作に置かれていた。
「あ、そこのテーブルの写真には触らないでね」
 牧の言葉に、沙織は慌てて頷いた。
「あ、はい。すみません」
「勝手に触ると、鷹緒さん、怒るのよ。普段は奥のデスクでやってるんだけど、そこで仕事を始めた日には大変よ。今日も時間がないからってそこで写真広げられて、そのまま出かけちゃうんだもの。お客さん来たらどうしてくれるのよねえ」
「へえ……鷹緒お兄ちゃんって、写真撮ったり、モデルしたりしてるんですよね?」
 テーブルに置かれた写真を遠目に見つめながら、沙織が牧に尋ねた。親戚の鷹緒は、カメラマンでモデルだと、母親から聞いている。
「モデルはやってないわよ。肩書きは、写真家ってとこかしら。うちは企画業もやってる事務所だから、鷹緒さんもそれに携わってるし、最近はテレビ局とかにも呼ばれるようになって、いろいろしてるみたい。万能な人ってすごいわよね」
「へえ……いろいろやってるんですね。お兄ちゃん」
「鷹緒さんを、お兄ちゃんなんて呼ぶ人初めてだから、なんだか新鮮だわ」
 笑いながら、牧が言う。
「あ、すみません」
「いいのよ。小さい頃から知ってるんでしょう?」
「はい、まあ……」
 沙織がそう言ったところで、広樹が奥から出てきた。
「牧ちゃん。これ、VFプロにファックスしといて」
「わかりました」
 広樹の言葉に、牧がすぐに動く。
「じゃあ、沙織ちゃん。行きましょうかね」
「は、はい」
 仕事開始の言葉に、少し緊張しながら、沙織は立ち上がる。
「牧ちゃん。沙織ちゃん連れて、スタジオ行ってくるよ。何かあったら携帯にかけて」
 広樹はそう言うと、沙織を連れて、事務所を出ていった。

「すぐ着くからね」
 歩きながら、広樹が言う。
 気さくに見える広樹は、すぐに打ち解けられるような安心感がある。
「あの、木村さんの事務所って、タレント事務所なんですね」
 沙織が尋ねる。事務所の詳細も、仕事の内容もほとんど聞かされていないため、いろいろ知りたかった。
「うん。あとは、いろいろな企画を考えたりしてるよ」
「へえ……」
「それより、鷹緒とは久しぶりなんだって?」
 今度は広樹が尋ねた。
「はい。もう十年以上は、会ってないと……」
「そんなに! じゃあ、本当に久しぶりなんだね。鷹緒のことは覚えてるの?」
「小さい頃に遊んでもらった記憶とかはあるんですけど……正直、あんまり覚えてないんです。何をしている人かも、あんまり知らないし」
「ふうん、そうか……あ、ここがスタジオだよ。今日はあいつ、カメラマンとして動いてるから」
 広樹の案内で、沙織は生まれて初めて、スタジオというところへと入っていった。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音