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Pure Love ~君しか見えない~

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29、感謝




 そして私は今、死の床にいる――。
 和人……私の人生には、いつもあなたがそばにいた。あなたがいなければ、今の私はないと言いきれるだろう。
 私はあなたを深く傷つけてきた。それでもあなたは、私のそばにいてくれた。ずっとずっと、いつづけてくれた──。
 私の人生、もう悔いはないわ……。

 幸は真っ暗な場所で、目を覚ました。
 ここはどこなのだろう……暗い中、辺りを見回すと、突然手が掴まれた。ハッとして、目を凝らす。その時、突然辺りが明るくなり、今度は眩しさに目を凝らす。そして、一人の顔が飛び込んできた。見覚えのある顔――和人である。
「和人……?」
 その言葉に、和人は一層強く幸の手を握った。幸はここが病室なのだと理解した。そして和人を見ると、ゆっくりと手を動かす。
「……私を選んだの?」
 幸の言葉に、和人は静かに頷いた。
『彼女を……母親を、助けてください……』
 あの時、医師に言われて和人が出した判断は、こうだった。
「じゃあ、私たちの赤ちゃんは……」
 自分が助かったにも関わらず、暗い顔で幸が言った。和人は優しく微笑むと、ポケットから何かを取り出し、幸に見せる。そこには眠った小さな赤ん坊の写真がある。途端に幸は涙ぐんだ。
「私たちの……赤ちゃん?」
 和人は自信を持って頷いた。
『正真正銘、僕たちの子供だよ。元気な女の子だ。未熟児だったけれど、問題ないって医師は言ってた。今も近くの部屋にいるよ』
「ああ、嬉しい。なんて言ったらいいか……」
 そう言う幸を、和人は抱きしめた。そして幸を見つめる。
『本当に助かってよかった。君も子供も……』
「和人……」
『大変な思いをさせてしまってごめん。そして、ありがとう……僕に大事な家族を増やしてくれて』
 幸は涙を流して、和人に抱きつく。
「うん……うん……」
 二人はしばらく、そのままでいた。もう、離れられなかった。
 その夜、幸は初めて我が子をその手に抱いた。まだ小さな赤ん坊だが、元気に息衝いている。

 それからしばらくして──。
「ひかりちゃん。あーんして」
 “ひかり”と名付けられた和人と幸の娘は着実に、そして元気に成長していた。
「おかえり」
 玄関が開いたことに気づき、幸が身を乗り出して手を振る。和人も遠くの玄関で手を振った。
『ただいま』
「その顔は、何か良いニュースでもあるの?」
 嬉しそうにひかりの頭を撫でる和人に、幸が尋ねる。
『わかる? 実は、これ』
 和人はそう言いながら、編集途中の雑誌の一部を差し出した。見るとそこには、“水上和人、新連載”の文字が躍っている。
「これ……小説?」
『そう。しかも連載』
 ここしばらく、小説の公募にも応募していなかった和人の久しぶりの小説、しかも連載だという。幸は驚いた。
「いつの間に、こんな話があったの?」
『少し前だよ。ごめん、黙ってて。驚かせたかったんだ。ほら、ずっと僕らをモデルにした小説を書き続けていただろう? それをうちの編集長が聞いて、少し読んだだけで面白いって、大手出版社にかけ合ってくれたんだ。同時に、また絵本も出してほしいって頼まれたけど……忙しくなるけど、受けようと思ってる』
「私たちの人生が、本に載っちゃうの?」
 幸が少し恥ずかしそうに言う。
『少しはいじってるよ。それに僕らはまだ人生の途中なんだから、完結なんかしていないし。ひかりも生まれたし、ネタが尽きることはなさそうだね』
「そうね。じゃあ今度は、ひかりをモデルにした絵本を書いてよ」
『いいね。じゃあタイトルは、“さっちゃんとひかりの大冒険”なんて、どう? またテープ図書にしてもらおう。もちろんBGMは、君のピアノだ』
「あら。楽しい内容になりそうね」
 二人は未来を語り合い、笑い合った。二人の人生には、何度も落とした影など吹き飛ばされるように、光が満ち溢れているようだった。

 それから二人は、二人三脚で歩んでいった。そして娘のひかりは、二人の架け橋となった。
「ただいまー!」
 ここに、すでに小学生になったひかりがいる。小学校から帰るなり、ひかりはピアノの音色を聞いていた。開けっ放しのドアから覗く一室には、幸と数人の子供がピアノの前にいる。
 幸は自宅となるこの場所で、近所の子供たちを集めてピアノ教室を開いている。もちろんひかりも、幸からピアノを習う一人だ。
「はい、今日はここで終わりね」
 ちょうど終わりの時間が来て、幸が子供たちにそう言った。
「ありがとうございました。ひかりちゃん、おかえり。またね」
 子供たちがひかりに声をかけながら、家を出て行った。
「おかえり、ひかり」
「ただいま!」
 ひかりは元気にそう答えて、ピアノのそばに駆け寄る。部屋にはピアノの他は本棚があるだけだ。その本棚には、たくさんの楽譜の他、和人が書いた本も並べられている。
 その時、和人が帰ってきた。
「パパ! おかえり」
 手話交じりで、ひかりがすかさず出迎える。手話は幼い頃から自然と身に付き、ひかりと和人のコミュニケーションも普通に取れる。
『ただいま』
 和人は手話でそう言うと、持っていた絵本をひかりに差し出した。
「わあ。新作だね!」
 ひかりは嬉しそうにそう言うと、床に横になり、受け取ったばかりの絵本を開く。和人は出版社での仕事を手伝い程度に続けながら、今は絵本作家を中心に活動していた。特に絵本の仕事は、“さっちゃんシリーズ”として定着している。このところは、そのシリーズ物にひかりの名前も出ていた。
「ひかりちゃん、出てる?」
 ひかりが、絵本の登場人物を和人に尋ねる。和人は優しく微笑む。
『さあ、どうかな?』
 もったいぶってそう言う和人に、ひかりは胸躍らせて新作の絵本にかじりついた。
「出てる! やっぱり出てた」
 そう言うひかりを、和人と幸は優しく見つめる。
 やがて幸がピアノを弾き始めた。和人は椅子に座ってその光景を見つめる。何にも代えられない、優しい時間であった。

 しばらくして、ひかりは絵本の上で眠ってしまっていた。開かれたページには、著者の写真が載っている。和人と幸とひかり、三人の家族写真である。
 眠ってしまったひかりに、幸はタオルケットをかけてやった。和人はさっきと変わらず、部屋全体の光景を眺めている。それに気づいて、幸は笑って首を傾げた。
「どうしたの?」
 幸の問いかけに、和人も笑って首を振った。そして手を動かす。
『いや……自分は幸せなんだと、改めて思ってたんだ』
「和人ったら。でも……私もよく感じるわ」
 二人はそっと笑い合う。
『さっちゃん。ありがとう……』
「え、なにが……?」
『僕と一緒になってくれて、ひかりを産んでくれて、ありがとう……』
 改めて、和人がそう言った。
「和人……」
『そして君も今日まで生きていてくれて、ありがとう……』
「……和人もね」
 幸の言葉に、和人も頷く。
『僕たちは、離れていてもずっと一緒だったね……僕には耳が聞こえないけど、僕の目はもうずっと、君しか映っていなかったよ』
 告白のような言葉だった。幸は恥ずかしさに頬を染めながらも、和人を見つめる。
『これからも僕は生涯を通して、君が好きだよ』
「和人。ありがとう……」