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Pure Love ~君しか見えない~

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20、母校




「幸……」
 幸の家では、幸の母親が和人の母から受け取ったばかりの絵本を持って、幸に声をかけた。幸は自分の部屋で、ベッドに入って眠ろうとしているところだった。今までよりも出来ることが限られているため、最近はベッドに入るのが早い。それも不眠症になっていたため、薬で誤魔化した睡眠だ。
 事故に遭って家へ戻ってきた幸の部屋は、二階から一階の和室に移されていた。階段は危険だし、居間もトイレも一階にあるからだ。
 幸は一日のほとんどを居間で過ごし、大学も休学している。技術が問われる音楽学部では、このままでは卒業など出来ないだろう。しかし、今はそんなことを考えている余裕はない。日々の生活だけで精一杯で、今後のことを考える余裕など、幸にもその両親にもまだなかった。
「なに?」
「今、カズちゃんのお母さんが来てね。カズちゃんが、あなたにって……」
「和人が……?」
 ベッドに座って、幸は母親の声が聞こえるほうを向いている。
「絵本よ。カズちゃんね、今度絵本出すんだって。ちゃんと本屋さんにも並ぶらしくて、一足先にくださったのよ」
 母親の言葉に、幸は皮肉に笑った。
「絵本なんて……見られるわけないじゃない……」
「あ、でもね。これ、テープ図書っていうんですって。CDらしくて、内容が声で吹き込まれてるから幸にもわかるようになってるって。聞いてみましょうよ」
 すっかり元気を失くして荒んでいく幸を、母親が元気づけるようにそう言った。
「そう。すっかり有名になったみたいね、和人……」
 嫌味を言うように、幸が言葉を放つ。出てくる言葉はどれも恨み言ばかりだ。
「……あの子はよく頑張ってるわよ。文学の賞も取ったそうだし、良い子だしね。小さい頃から障害を負ってるのに、前向きで明るくて。でももう、カズちゃんも大人なのね。ご両親に紹介したっていう恋人もいるみたいだし……当たり前か。あの子ももう、二十歳過ぎてるんだものね」
「……そんなに良い子なら、私の代わりに和人がお母さんの子なら良かったのにね」
 本心ではないものの、今の幸にはそんなことしか言えなかった。だが幸の母親も、そんな言葉でさえももはや慣れてしまっっている。それでも、どうしていいのかわからなかった。しかし、ここではっきりと否定しなければ、幸も救われない。母親は口を開いた。
「そんなこと言ってるんじゃないわ、幸。あなたの目は、手術すれば治る見込みがあるって言われたのよ。あんたもカズちゃんを見習って、前向きに……」
「嫌よ! もう目を開けるのも怖いのに……また手術でズタズタに切り裂かれるっていうの? そんな恐怖、私には耐えられない……それに治るっていったって、気休め程度って言われたじゃない。光があればそれでいいの? ほとんど見えないなら、見えないのと一緒よ!」
 母親の言葉に、勢いに任せて幸が言う。幸が言う通り、医者には手術すれば目に光を取り戻せると言われつつ、眼鏡などで矯正してもほとんど見えない状態になるだけだと言われていた。
 かすかな光でも取り戻せることは希望だという両親と、もはや手術などで怖い思いをしたくないという幸とでは、真っ向から意見が対立していた。
「幸……」
 もう何も言えず、母親は無言のまま、棚の上のオーディオデッキに和人の絵本のCDを入れ、再生ボタンを押した。途端に、いかにも物語が始まるという感じの音楽が流れる。
「やめてよ!」
 幸は突然立ち上がると、音楽が聞こえるオーディオデッキのほうへと歩き出し、構わずボタンを一遍に押した。何度か叩くようにボタンを押すと、音楽が止む。
「幸……」
「聞きたくない!」
 幸が言った。なぜ聞きたくないのかは、幸自身にも説明がし難かった。ただ、今は何も考えたくなかった。和人のことも誰のことも、思い出したくはない。
「そう。ごめんね……もう寝るところだったものね。おやすみ……」
 母親は静かにそう言うと、幸の部屋を出ていった。
 残された幸は、涙に濡れていた。こんなことを言いたくはない。母を傷付けたくはないのに、どうしても苛立ちをぶつけてしまう。幸は今まで以上に、自暴自棄になっていた。

 一方の和人は、早くもちょっとした有名人になっていた。発売と同時に売り出された和人自身の宣伝によって、絵本の売れ行きは予想を上回る売れ行きである。宣伝には、聴覚障害者が書いたという売り文句があったことで、和人自身も傷付いていたが、予想の範囲内ではあったので多くは語らずにいた。いつかハンデがなくても実力で認められるように、和人は前を向くしかなかった。
「すごいお花でしょ」
 家で過ごした夏休みを終え、久々に祥子の家に行った和人は、溢れ返る花の数に苦笑した。
『実家もこんな感じだよ。花瓶が足りないくらいだ』
「そうよね。私もこんなにもらったの初めて。やっぱりマスコミがこぞって和人の記事書いたから……」
 祥子はそう言ったところでハッとした。ほとんどの記事は、和人のハンデを煽り立てられたもので、内容に関してはほとんど触れられていない。読者からは哀れみの声ばかりが聞こえるほどだ。和人は苦笑した。
『僕、頑張るよ。哀れみでも蔑みでも、僕のことを知ってくれた読者がいる。その人たちを逃さないためにも、これからだと思うんだ』
 あまりに前向きな和人に、祥子は清々しさを覚えていた。また和人の、別の一面を見られた気がする。
「うん、そうだね。私も負けてられない」
 二人は笑顔で頷いた。

 しばらくの間、世間の関心が和人に向けられていた。小さい頃から文学で賞を取り、現役大学生ながらも絵本を出版。それがベストセラーとなれば、マスコミも放ってはおかない。テレビ番組へゲストで招かれることもしょっちゅうあったが、学生の身なので辞退していた。それでもマスコミは実家にまで来るようになり、近所の人にサインを強請られるようにもなった。
 一番嬉しかったのは、和人のファンだと言って訪ねてくる人たちが、手話を勉強してくることだった。自分の障害が、少しでも理解させて受け入れられていることに、和人は嬉しさを隠せなかった。

 数週間後。和人は、高校時代を過ごした聾学校へと出向いた。在学中の同じ障害を持つ生徒たちに、講義をしてくれと頼まれたのだ。母校で未だ知っている恩師も多い中、和人はその申し出を受けることにした。先輩として仲間として、今ある和人の現状から苦しさまで、包み隠さず話した。
 講演を終えても、和人はしばらく学校に残っていた。先生や生徒と交流をして、一人で校舎を歩く。思い出が詰まる学校だ。聾学校の向こうの校舎には、盲学校もある。総合福祉施設のため、校門は一緒だが校舎は別々なのだ。病院も隣接しリハビリセンターもあるため、ここには多くの人が訪れている。
 和人はしばらく思い出に浸っていると、校舎を出ていった。ちょうど盲学校の生徒たちが帰る時間のようで、バスで帰る生徒たちが健常者とともに、列を作ってバス停へと歩いていく。また大きな駐車場には、生徒たちを迎えにくる人たちの車で溢れ返っていた。