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Pure Love ~君しか見えない~

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17、作品




 帰り際、和人は実家の近くにある本屋へ寄った。この店には小さい頃からよく来ているため、今でも居心地が良い。暇さえあれば何時間でも、和人はこの本屋でいろいろな本を手に取っていた。今日も何冊かの本を買うと、和人は実家へと歩いていった。
 あと少しで実家が見えるというところで、和人はタクシーに追い抜かされた。すると、タクシーは和人の家の隣へと停まる。幸の家だ。
 和人はハッとして、思わず電信柱の陰に隠れた。隠れる必要はないと思ったのは束の間だったが、もはや動くことが出来ずに、タクシーを見つめる。
 すると、タクシーから幸の母親が出てきた。それに続き、幸の姿が目に映った。
(さっちゃん──)
 思わず声に出して、駆け寄りたかった。だが、和人はその光景を食い入るように見つめるだけで精一杯である。
 幸はそのまま母親に手を引かれ、家の中へと入っていった。もはや顔中を覆っていた包帯はなかったが、遠目にも顔に残った傷跡が生々しく見えた。目は瞑られたままで、足はまだ完治していないのだろうか……片足をひきずるように、歩いていた。
 タクシーが去っていくと同時に、和人は歩いていった。そして幸の家を見上げる。
(おかえり……家へ帰ったんだね。さっちゃん……)
 和人は心の中でそう呟くと、自分の家へと入っていった。

「おかえり、和人」
 和人が実家へ帰ると、母親が笑って出迎えた。病気をして伏せっていた時よりは顔色も良く、元気に見える。
『ただいま。元気そうだね、安心したよ』
「まあね。やっぱり仕事始めたからかしら。家でじっとしているのは、私には性に合わないのよ」
『うん、わかる。お母さんは、外に出ていたほうがいいみたいだ』
 笑いながらそう言って、和人は椅子に座った。母親はすぐにお茶を差し出す。
『ありがとう……今、さっちゃんが家に入っていくところを見たよ。帰ったみたいだね』
 和人が尋ねる。
「ええ、先月の終わりくらいかしら。これからは、盲学校の施設で少し訓練するみたい。まだ足が治ってないみたいで、リハビリも続けなくちゃいけないって言ってたわよ。本当、さっちゃんも大変ね……まだ慣れないから、ずいぶん荒れてしまっているみたいだし……」
 母親の言葉に、和人は頷いた。
『そう……』
「あんたはどうなの? 祥子さんとはうまくいってる?」
 少し照れながら、和人は大丈夫だと頷く。
「そう。あんな良い子いないわよ。ちゃんとするのよ」
『わかってるよ。でも、あっちのほうが大人だし、まだ僕のほうが助けてもらってばかりだけど……』
「そう。うまくいってるならいいわ。あんたはちゃんと一人立ち出来てるんだから、ちゃんと自分で幸せ掴まなきゃ駄目よ」
 母親が言う。その言葉は、和人が以前から、母親に口癖のように聞かされている言葉である。
 子供の頃、和人が障害を負ってから、和人自身も人に甘えることが多かったが、両親もそれを持て余していた。
 そんな和人を支えてくれたのは、幸の存在だった。家族でも親戚でもない幸は、出来ることは自分でやれと教えてくれた。幼い頃、何も出来ないと泣く和人に、今まで出来ていたことが出来ないはずがないと本気で叱ってくれたのは、両親でもなく幸である。そんな幸に、和人は応えたかった。出来るだけのことは自分でやることを決意した。
 そんな和人に倣って、和人の両親も甘やかすのを止めるようになる。大学進学と同時に、和人に一人暮らしをさせるのは気が気でなかったが、和人を応援したいと思った。結果、和人はずいぶん大人になっているのだと、両親も感じていた。
『うん、わかってるよ……』
 和人は微笑むと、しばらく母親と話を続けていた。

 次の日。和人は実家近くの図書館にいた。今日も児童書の絵本を中心に読み漁る。今日は学校もないので、また一日中ここにいることになりそうだ。
 読み終わった本を返しに立ち上がると、ふと点字コーナーが目に飛び込んできた。無意識に一つの本を手に取る。分厚い本は、すべて点字で綴られている。点字を勉強したことがないので、意味がわからないものの、和人は点字に触れてみた。
 盲学校で訓練しているという幸。おそらく点字も勉強しているだろう。未だ現実を受け入れられないであろう幸を思うと、和人はいつも胸が張り裂ける思いになった。
(これじゃあ祥子が不安がるのも、当たり前だな……)
 和人は一人、苦笑した。祥子の不安を感じていないわけではない。いつも幸のことを思い出すと、その度にどういうわけか祥子は感づいて、悲しそうな顔をする。だが、祥子は自分を責めることも何もしない。そんな祥子を見ていると、和人も苦しくなるのだった。
 だがどう考えても、自分が幸へ向ける思いは恋ではないと思い直してしまう。幸はいつだって、自分のことを弟のように可愛がってくれた。和人も同じで、幸は姉か母のような存在の家族愛であると感じる。だが祥子の不安を考えると、家族愛もいけないのかもしれないと思った。
 和人は席に戻って、ノートを広げた。幸のことは考えないようにしようとしても、そう思えば思うほど、思いが溢れ出してくる。思えば長い付き合いの彼女は、何度か拒絶されて会わない時期もあった。だが、今回ばかりは違うだろう。きっともう会えないだろう。和人はそう思った。
(さっちゃん。僕は君を元気づけることも出来ないけど……どうか負けないで……)
 ペンを動かし、和人はハッとした。アイデアが沸々と沸き上がる。和人は思いのままに、ペンを走らせた。

 次の日。和人は祥子の家で、仕事の打ち合わせをしていた。
『一から書き直そうと思ってるんだ』
 和人が言った。今まで何作か絵本の文を書いてみたものの、担当者も良い顔をしていない。唯一手直しの可能性があるという作品があったため、それに手を加えてみようと思ったが、和人はすべて最初から書こうと言う。正式な仕事のタイムリミットはないものの、そろそろ担当者から承認を得ない限り、道は閉ざされてしまう。
 そんな和人の申し出に、祥子は二つ返事で頷いた。すでに手直ししている作品用にイラストも描き始めたので、ここで一から書き直すということは、祥子にとっても一からの出直しとなってしまうが、祥子の顔は笑顔に輝く。全面的に和人の意思通りにしてやりたいと思った。
「いいわよ。和人が決めたなら」
『本当にごめん。もう描き始めてくれていたのに……』
「大丈夫よ。締め切り間際で変更なんてよくあるし。和人には、納得して書き上げてもらいたいのよ」
 ありがたい祥子の言葉に、和人も微笑んだ。
『ありがとう。頑張るよ』
「ええ。それで、どんなお話になるの?」
 祥子が尋ねる。和人は思い浮かんだ話を、静かに語り始める。
『……女の子が一人いるんだ』
「主人公ね?」
 祥子が相槌を入れる。そんな祥子に、和人も笑った。
『そう。どんな逆境にも立ち向かう、冒険者』
「わあ、カッコイイ」
『女の子には、さまざまな危険が立ちはだかるけど、絶対に負けないんだ』
 まるで和人の、幸への願いみたい──と、祥子は思った。和人の胸の内がわかるのは、一種の女の勘だけではない。和人の無防備なまでの純粋な心が、表れているように思えた。
「……女の子の名前は?」