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Pure Love ~君しか見えない~

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16、挑戦




 数ヵ月後。和人は祥子の部屋で、先日出版されたばかりの祥子が手がけた絵本を読んでいた。祥子の絵はほのぼのとしていて、いつもホッとさせられる。
 祥子は絵本の下から、和人の顔を覗き込んだ。
「……どう?」
 その質問に、和人は微笑んで頷く。
『うん。良い作品だと思う。また腕上げたね』
 和人が言った。祥子は素直に喜ぶ。
「本当にそう思う?」
『うん。暖かくて、優しい絵だと思う。大人が見ても楽しめるよ』
「よかった。和人にそう言われるのが、一番嬉しい」
 二人は笑った。
「それで……本当に引き受けてくれるの?」
 突然、祥子が聞きづらそうに尋ねた。
 数日前、祥子がよく世話になっている出版社の社長との飲み会が行われた。和人は関係ないのでその場にいなかったが、祥子の恋人の話が出たのだ。祥子は、恋人は耳が不自由だが才能ある文学青年で、将来は小説家を目指していると言った。
 もちろん、その社長が興味を持って、和人のコネの一つになってくれればとの思惑もあったが、その後本当に社長が和人と会いたいと言うとは思ってもみなかった。
 そこで昨日、祥子が間に入る中、和人と出版社社長との面接が行われた。そこで社長は、和人に絵本を書いてみないかと勧めたのだった。文は和人で、絵が祥子。善意的で実験的な試みのようだが、二人にとっては願ってもない話である。しかし別れ際に言った社長の言葉が、二人の顔を引きつらせた。
「障害のある君の作品なら、泣かせ話で大々的に売り込める。君が取った賞の雑誌も、売れ続けているそうじゃないか。今回も我々の宣伝効果に負けないように、頑張ってくれよ」
 和人のことを侮辱され、祥子は震える思いでその場にいた。社長を殴ってでも撤回させたかった。まるで実力ではなく、和人に障害があるから賞を取ったのだと言っているようなものだ。そんなことは断じてない、それは和人の作品を読めばわかる。そう言ってやりたかった。
 だが、そんな祥子の肩を抱くことで止めたのは、和人であった。和人はただじっと、祥子を見つめている。去っていく社長を呼び止めもしない。祥子は苛立った。

「どうして黙ってたの? 賞を取った雑誌が売れてるからって、和人の障害とは関係ないじゃない。そのことは公開してないんだもの。それをあの社長はわかってないし、ただの嫌味よ。嫌なら断っていい、怒っていいのよ? あの社長に撤回させてもよかったのに」
 昨日の続きで祥子が言う。そんな祥子に、和人は苦笑する。
『慣れてるよ』
 和人のその言葉に、祥子は聞き返す。
「え?」
『慣れてるって言ったんだ。小さい頃から、その類の嫌味は言われ続けてる。僕が気にしなければいい話だよ』
「慣れてるって……」
 祥子は和人のように割り切れないと思った。自分が和人の立場なら、和人のようにはいかないだろう。しかしそんな祥子をよそに、和人は祥子の絵本をパラパラとめくっている。
『……妬みや羨み、哀れみ、蔑み……そんな人はたくさん会ってきた。今更どうってことないよ』
 未だ納得いかない様子の祥子に、やがて和人がそう言った。
「和人……」
『小学校や中学校の時、学校内の作文コンクールで何度か入賞したことがあるんだ。その時も、同級生に散々嫌味言われたし……でも、そのうち大人に認められるようになったら、そういうこともなくなっていった。そういう人には、頑張って実力で認めさせればいいんだ。それが一番難しいけど……祥子もいるし、大丈夫だよ』
 そう言った和人に、祥子はやっと笑みを零す。
「私もいるし、大丈夫、か……」
 祥子が俯いて言った。
『なに?』
「ううん。じゃあ、二人で二人三脚、頑張ろうね!」
 抱きついてきた祥子に、和人も笑って頷く。だが、和人自身も気乗りしない仕事となったことには違いなかった。

 数日後。和人は朝から図書館にいた。ここはよく来るところだが、今回は児童書コーナーを何度も行き来する。小説やエッセイなら書いたことがあるが、絵本を書いたことは一度もない。和人はその日、たくさんの絵本を読み漁っていた。
 果たして自分に絵本が書けるのかは疑問だった。絵本を書いたことも、書こうと思ったこともない。だが、少なくとも絵は祥子と決まっている。何度か絵本の仕事をしている祥子ならば、的確なアドバイスももらえることだろう。
「やっぱり、まだいた」
 絵本を読んでいた和人は、突然肩を叩かれた。見上げると、祥子が立っている。
『あれ、どうしたの?』
「仕事終わったから来たのよ。まだいると思って。もうすぐ閉館よ」
 祥子の言葉に、和人は驚いた。
『……もうそんな時間?』
「そう。一日中いたの?」
『そうらしいね……』
 二人は苦笑した。開館と同時にやってきた和人は、どうやら昼食を忘れてまでそこにいたようだ。
「まったく……集中すると、ご飯も忘れちゃうのね」
『どうりでお腹が空いたと思った。この本、ちょっと借りてくるよ。入口で待ってて』
 和人はそう言うと、数冊の本を持って貸出カウンターへと向かっていった。

「なに食べようか」
 図書館を出て、歩きながら祥子が尋ねる。
『いいよ。カレーで』
 和人が言う。
「ええ? 一昨日のでしょ。ごめん、私が作りすぎちゃったから……」
『いや、いいよ。美味しいし』
「じゃあ、せめておかずは違うの作る。スーパー寄って、買い物しようよ」
 二人は笑って、近くのスーパーへと向かっていった。
 途中、病院の横を横切る。幸が入院しているはずの病院だ。図書館の近くでもあり、祥子の家からは生活圏内である。病院の横を通るたび、和人が病室のほうを見上げるのを、祥子も気づいていた。
「あれから会ってないの? 幸さん……」
 祥子が尋ねる。今まで聞かないようにしていたが、今日は勢いで口にしてみた。
『うん……』
 和人はそう返事をするだけで、多くを語ろうとしない。そうこうしているうちに、スーパーへと着いた。二人はそこで買い物をすると、祥子の家へと向かっていった。
 ここしばらく、和人は祥子の家で寝泊りすることが増えていた。学校が忙しくなってきたこともあるが、伏せっていた和人の母親が回復し、また働き出したことにもあった。なにより、すでに祥子を両親に会わせたので、両親も安心してくれているようである。
 祥子を紹介した帰り際、何度も祥子に和人を頼むと言った両親の姿が目に浮かぶ。もはや両親が絶大な信頼を寄せている祥子に、祥子自身も和人と恋人になったことに自信を持っていた。

「かーずと」
 夜のまったりした時間、ソファで絵本を読んでいる和人に、祥子が後ろから抱きついた。祥子は酔ったように陽気を装っている。和人に自然と抱きついたものの、その顔は真剣だった。
『なに?』
 和人が優しく尋ねる。
「ううん。頑張ろうね、仕事……」
 抱きつきながらの祥子の手話に、和人は頷く。だが祥子は、未だ言えない唯一の不満を渦巻かせていた。
「和人、幸さんのことなんか早く忘れて。私、そのことだけが不安なのよ……」