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北極星が動く日

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「なあ茂樹……」
「どうした?」
 試合が終了して2時間後、茂樹は松本とともに球場近くのファミリーレストランへ行っていた。本当は3年生全員で行こうかとも思ったが、彼ら以外は誰も球場から動こうとはしなかったのだ。
「試合が終わる前に言ったやろ? あと499回願っとけばよかったって」
「初詣の話な。それがどうした?」
「撤回する。やっぱり俺だけがどんなにお願いしようと、1人じゃ意味ないもんな」
「何かっこつけてるんや。お願いなんて気休めやろ」
 茂樹はそう言って、目の前に置かれている水を飲んだ。気休めと言いながらも彼はわざわざ500円玉を入れに行ったのだが、それは言えなかった。
「まあな……」
「気持ちは分かるけどさ」
 そして2人を長い沈黙が包む。もう既に、彼等の前にある水は飲み干されていた。
 茂樹は松本の様子を窺う。彼が何か言いたそうにしているのを茂樹は分かっていた。それは先ほどの話ではないだろう。もっと大きなものだと彼は感じている。
「茂樹」
 松本が口を開いた。その雰囲気に、茂樹は姿勢を正す。そうせざるを得ない雰囲気を松本は発していたのだ。
「な、何や……?」
「俺さ、プロに行くのやめるわ」
「何でや! あんなにプロ行きたがってたのに……」
 思ったより大きな声になってしまったのか、周りの客がこちらを見るのが分かった。露骨に睨んでくる者もいる。茂樹は軽く頭を下げた。
「俺がそう決めたからや。具体的に言うと、まだまだ力が足りないと感じたから。大学でもう1回鍛え直すわ。茂樹には言っておきたかった」
「そうか……」
 自然と声のトーンが落ちる。他人事だとはいえ、やはりショックだった。自分たちが不甲斐ない攻撃しかできなかったから松本はそう感じたのだろうか、と茂樹は思ってしまう。
 そのとき、店員が店の奥から出てきた。彼等がこの店に来てから10分以上が経っているが、まだ何も注文していない。そろそろ痺れを切らしたのだろう。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 アルバイトと思われるその女性は、見事なほどの営業スマイルで訊ねる。茂樹はメニューをさらりと読み流しながら松本を見た。
「どうする? ドリンクバーだけでいい?」
「ああ」
「他の料理とセットで注文して頂きますと、ドリンクバーはお安くなりますが……」
「ドリンクバーだけで」
 店員の言葉を遮って茂樹は言った。一瞬、彼女の頬が引きつったように見えたが、茂樹がもう一度それを確認する前に彼女は礼をして奥へと下がった。
「お前、絶対あの店員に嫌われたぜ?」
「何でやねん」
「言い方や。ぶっきらぼうで素っ気なくて。ああ、可哀想な店員さん」
「知るかよ」
「結構美人やと思うんやけどな。キャッチボールにでも誘おうか」
 笑いながらそう言って、松本はカバンから彼のグローブを取り出した。まだ手入れをされていないそれからは、今日の試合が現実だったことを改めて感じさせられた。
 用具の手入れもユニフォームの洗濯も、今日が最後なのだと思うと寂しい。彼は高校で野球をやめようと思っていた。大学生活では他の趣味を見つけようと計画している。
 のどが渇いた茂樹はドリンクバーを利用するために立ち上がった。飲み物の種類にコーラがあることに気づいた彼は、松本に声をかけた。
「炭酸飲める?」
「いや、飲めへん。茂樹も炭酸はダメやったやろ?」
「挑戦してみる」
 そう言って笑うと、彼はコップの半分ほどまでコーラを入れる。シュワシュワと泡が音を立てているそれを席に持って行くと、松本が顔をしかめた。
「飲めるのかよ、それ」
「多分」
 ストローを使って少し飲むと、口の中でコーラが暴れた。しかし、たまにはこういった飲み物もいいかもしれない。この感情は、茂樹にとっての夏が終わったからこそ思えるものだろう。
「お前、泣いてる?」不意に松本が茂樹に言った。「そんなに刺激が強いなら飲むなって」
「泣いてる? 俺が?」
 松本の言葉に疑問を感じながらも、茂樹は目を手で拭う。そこには、松本が言うように涙があった。
「ホンマや……」
「何で泣いてんねん。子供か、お前」
「終わったんやな、夏が」
「え?」
 聞き取れなかったのか、松本が聞き返す。茂樹は、夏が終わってしまったと再び言う。
「これ飲んでるとさ、負けたんやなって思っちゃって。現役中、ジュースは100パーセントのオレンジジュースしか飲まなかったから」
「そういうことか」
 茂樹が言っていることの意味が分かったのか、松本もしんみりした様子になった。
「やっぱり、悔しいよな」
 茂樹は思ったことを口にした。松本からの返事はない。鼻をすする音が聞こえるので、泣いているのだろうか。しかしそれは、涙によって完全に視界が潤んでいる茂樹には分からなかった。
 涙を松本に見られないように、茂樹はメニューを顔の前で広げる。最後の方に、少し気になるメニューを見つけた。
 すぐに茂樹は近くにいた店員を呼ぶ。あまり声を出しすぎると泣いていることに気づかれてしまうので、彼は無言でメニューを指さす。
「何を頼むんや」
 松本が言うが、それで彼も泣いているということが分かった。少し安心して、茂樹も声を出す。
「たこ焼きや」

          完  →あとがきへ
作品名:北極星が動く日 作家名:スチール