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式部の噂

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父さん いち




母さんはシングルマザーだ。
いや、ダンナサンはいるんだけれど。
…でも私は会ったことがない。
だから、多分シングルマザー。


私は壁に掛けられたシンプルな麦わら帽をかぶった。

もう時間がない、バスが来てしまう。

カチカチと日焼け止めを鳴らしながら皮のサンダルを履く。


「いってきます。」

誰もいない部屋に一応声をかけて家を出た。
むわっとした空気と眩しい太陽が照り付ける。

…こんなとき中途半端に長い髪がいやになる。


私たちの住むアパートは川沿いにあった。

だからアパートの名は「コーポ リバー」。


…あぁなんてそのまんま。


私はコーポ リバーを軽く一瞥して今にも崩れ落ちそうなろんどん橋を渡った。
別にロンドンじゃないけど、ろんどん橋。
…多分あの有名すぎる童謡からきてるんだと思うけど、正式名称ではないことは確かだ。


カンッぐらっカンッぐらっ


かなり危険な音をたてて先を急ぐ。


早く早く速く速く…


喉がまたたくまにカラカラになる。

あぁだけど早く速く…。


私は青い市バスに乗り込んだ。
ここらのバスはみんな青い横線だ。


…あいにくバスはこんでいた。

でも思ったより涼しい。


(あぁぁ緊張する…。)

心臓がどごんどごん鳴り響く。
こんなとき私は涙が出そうになる。

(母さんごめん…。)

こんなことで脅えてしまう。
ほかっておくとすぐに涙が溢れる。

私は多分かなりカッコ悪い人種に部類される女の子。

…可哀想な母さん。


(でも今日だけは許して。)

窓に映る私はかなり情けない顔をしていた。
はぁ…。


空ははてまで青い。



私は今日、生まれて初めて父に会いに行く。

作品名:式部の噂 作家名:川口暁