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画家ならざれば狂人となりて

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その五 何度も抜け出して



昼間、母や祖父が働きに出かける。
お昼過ぎになると、何故かそこへ来れるはずのない叔父がやって来た。

足下は素足のまま、傷もぶれとなってパジャマのような格好だった。
祖母は見兼ねて、服を着替えさせて食事を取らせていた。

叔母のところに電話が入った。
叔父が病院からまた抜け出したとの電話だった。

叔母たちが慌てて祖母のところへやって来る。
しかしそんなことを聞く必要もなく、いま目の前では叔父がご飯を食べている。

祖母はすぐに病院へ電話をしようという叔母を止め、母と祖父の帰りを待つことにした。
その間、叔父は私と一緒に遊んでくれた。

どこがいったいおかしいのだろう?
そんな思いにさせられるほ、叔父はおとなしくて、子供のように私と一緒に折れたクレヨンで絵を描いていた。

しかし時折、おかしなことを口ずさむ。
「電波が、電波が…」そう言いはじめると、何だか人が変ったようになる。
今まで大人しく絵を描いていた叔父が、急に頭を抱えたまま叫びはじめのたうち回るのだ。

それが始まると、もうここに居るものたちでは手が付けられなかった。

夕方の決まった時間になると、叔父のそんな発作が始まるが丁度いいタイミングで母も帰って来る。
それから何かの薬を飲んで休み、翌朝にはタクシーでまた病院へと送って行った。

そんなことが、何度繰り替えされただろうか…
とうとう叔父は、もっと遠いところにある精神病院へと移されてしまった。

そこの病院の窓には、どれも鉄格子が嵌められていて、見るからに少し物騒な雰囲気があった。

私はそこへ二度ほどお見舞いに行ったのだが、それ以降はなにやら恐ろしくて、お見舞いには行けなかった。
病院の中に入ると、あちこちから訳の解らない叫び声や泣き声が聞こえていたのである。

それでも叔父は、隙を見てはそんな病院からも抜け出して来た。

しかし叔父が家へ還って来る頃はもう夜中になっている。
昼間のうちに病院からは、既に叔父が抜け出したことの連絡も入っていた。

この頃から祖父は、少し身体が弱くなって来ていたようで、精神的にも気弱な面を覗かせるようになった。
時代は既に、昔のような肉体労働が男の仕事という時代ではなくなっていた。

そんなこともあってか、祖父は何度も叔父に対して“あの時に弟子入りでも何でも、好きなようにさせてやればよかった”と、後悔のコトバを洩らすようになっていたのだ。

しかし叔父の容態は思った以上に悪く、そんな祖父の言葉などもう理解できる状態ではなくて、ただ病院へ連れ戻されたくないばかりのようだった。

病院ではとても酷い目に合っていたのだろうか?
それとも自分で暴れてなのだろうか?
叔父の体中には、たくさんの痣がついていた。

抜け出して来た叔父を、また病院へと連れて行く朝のこと。

その日の叔父は調子がよかったのか、私が学校から帰って来ると例によって絵を描いていた。
その絵はいつものような風景ではなく、今まで叔父が描いて見せたこともない女性の絵だった。

それから病院へ連れて行かれるとき、叔父は私の脚に泣きながらしがみ付いてきた。
私も、母や祖父母、親戚たちに「もうおじさんを連れて行かないで」と泣いた。

それが叔父の生きている姿を見た最後となった。