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金色のひまわり。

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――お久しぶりです。お元気ですか。また、呑みに行きましょう。

 書き終わった葉書を何度も何度も読み返して、それを破り捨てた。
 何のひねりもない問いに返ってくる答えの奇跡を何度も何度も願って、それを出したことにした。
 宛先不明の現実という返事が舞い戻ってくることは判りきっていたけれど、私はどうしても認めたくなかった。だけど、どうしても手紙を書かずにはいられなかったのも事実で、こんなどうしようもないことをしてしまう。
 届きもしない手紙を書いて、私は、夜中に一人泣いた。


 携帯電話が震えて、必要以上にびくりとしたのは、図書館で着信音を消し忘れたから……だけではなかった。
 何か、やな予感がする。
 幸か不幸か、私の「やな予感」は割とよく当たる。
 鞄の中を弄って、携帯を切る。おそるおそる取り出して、マナーモードにするだけのことが「館内での携帯電話使用禁止」の貼り紙に対してとてつもなく反抗しているような気分。よっぽど急いているのか、バイブレーターだけにしても何度か携帯が震えて光る。三回目で止まり、どうやら伝言を入れられているらしいことを察すると、私は読んでいた雑誌をラックに戻して図書館を出た。
 雨宿りする筈だったのに、滞在時間は十分足らず。
 何やろう、いややな。
 この電話は……出ぇへん方がええような気が、する。
 そう思いながら携帯を開き、そこで初めて電話の主を知った。意外な人からだった。
 学生時代のバイト先の上司。
 また心臓が跳ねた。
 この伝言は、このまま削除――、
「……もしもし。佐々です。忙しいところ突然申し訳ない。至急、連絡を……」
 硬い声、方言の抜けた無表情な喋り方。やっぱり、これは、良くない電話だ。久しぶりのコールやけど、これはコールバックしたらあかん電話や。したらあかんねんて。なのに、手は言うことをきかずに着信履歴から発信ボタンを押す。ワンコールで出た。
「佐々さん、あの」
 硬いまま、余裕のない声がかぶった。
「……芦屋、知ってるかも知れへんけど……、渡瀬さん、亡くならはったんやて」
 たっぷり数秒間を取って、私は止まっていた息と一緒にたどたどしい言葉を吐き出した。
「知らん、かったよ。私、卒業してから、連絡取ってないですもん」
 今初めて聞いたけど、もしかしたらちょっと前から気付いてたかも知れなかった、こと。
 ノドがからからで、声が引っかかる。舌がもつれる。頭ががんがんする。
 目の前でしとしと降る雨が勢いを増す。この雨は、良くない雨だ。

「コーヒーのおかわりいかがですかー?」
「あ、は……はい」
 反射的に顔を上げ、目の前のぬるくなったカップを飲み干しておねーさんに差し出すと、慣れた手つきでコーヒーを注いでくれた。
 あたたかいカップの感触と新鮮な香りで我に返る。
 あ、れ。
 何で私こんなとこおるんやろ。
 さっきいた図書館から行政区二つまたいだドーナツショップ。コーヒーカップの隣には、手つかずのドーナツ一つ。灰皿に、執拗にもみ消した跡も明らかな煙草が四本。
 図書館出て、移動して、コンビニで煙草とライター買って、もひとつ移動して、店入って、……今までの、記憶がない。
 しかも、一年近く禁煙してたのに、何で煙草なんか。手元に視線を動かした私は絶句した。そこにあったのは、禁煙直前まで吸っていたぬるい一ミリメンソールではなく、学生時代に吸っていたもの。
「…………」
 渡瀬さん。
 無意識に買っていた煙草に火を点け、肘をついた手に額を押し付ける。数年ぶりの重たい煙が私にまとわりついて、まるでお盆の迎え火のように記憶を巻き戻す。
 私はニコチンやらタールやらでぬるついた口の中で呟いた。
 何でやねん……くそったれ。


「ふーん、ほんで?」
 私はマルボロメンソールライトの煙を吐き出しながらにやにやにやにや。えらそうに足を組み、左手のストローでアイスティーのグラスをがらがら鳴らす。
「ほんでほんで?」
「……宮元センセと、付き合うことになりました……っ!」
「ぎゃはははははははは!」
「ちょ、芦屋さん、声大きい……」
 くわえていた煙草を吹き出しそうになった私はテーブルに突っ伏す。
「わたっちどんだけ真面目やのん。あかん、腹痛い……」
「いや、ちゃんと報告せなあかんと思ったから……」
 最後の方は口の中でぶつぶつ口ごもりながら、渡瀬さんがうつむく。それがまたおかしくて、私は煙草の灰が零れるのも構わず笑い続ける。
「昨日のうちに苑香から聞いてるって」
「それは宮元さんからでしょ。わたしはまだあなたに直接言うてないもん」
 ふくれたように言うので、私は敬意を表して煙草を消し、真正面に向き直って深々と頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえこちらこそ」
「良かったなぁ、やっと晴れてくっついて」
「……さ、電車なくなるから帰りましょうか芦屋先生」
 おちょくられてあからさまに逃げる渡瀬さんをもっといじろうと思ったが、本当に時間が迫っていた。いくら駅内のコーヒーショップとは言え、気付けば客は私ら二人。
「はいはい、お茶もノロケもごちでした、渡瀬先生」

 大学生になって始めたアルバイトは塾のセンセイ。
 コドモが死ぬ程嫌いなくせにこの仕事を選んだのは――時給が良かったから。その分、責任ややるべきことを対価以上に求められたが、何故か私には居心地のいい世界だった。
 本当はバーテンダーがやりたかったのだけれど、帰りが遅すぎるからと親に反対された。……蓋を開ければ、終電とタイムトライアルな点では同じ「夜のお仕事」だったけれど。
 今思えば、大学の勉強より真面目に取り組んでいたかも知れない。だってアルバイトとは言え――受験生の人生預かってるんやもん。予習復習教材チェックに小テストとプリント作り。「教える」こと自体は結構向いている……かも知れなかった。
 が。
「なぁなぁ、芦屋センセーって元ヤンなんやろ?」
 休憩時間に生徒に言われ、私はマンガみたいにずっこけた。
 狭い給湯室に喫煙者が三人ぎゅうぎゅう詰め、自然とはみ出てしまうので少し開いてしまうドアを足で押さえてうるさく文句を言いながら回る換気扇に煙を吸わせていると、次のクラスの生徒たちがやってくるのを迎えることになる。
「何でやねん」
「だって煙草吸ってるし茶髪やん」
「煙草はハタチになってから、茶髪は大学デビューです」
「あと雰囲気」
「後付け何でもアリかい。おら、さっさと教室入っとけ。漢字テスト満点取れるんか?」
「ほらこわいしー」
「やかましいわ!」
 給湯室にまでちょっかいをかけてくる中学生を追い払い、同僚に笑われながらも私は煙草をもみ消してコーヒーを一口。
 ……不良さんに絡まれる方だったなんて、信じてくれる教え子がゼロの自信があるくらい、私は「こわい」らしい。おっかしーなぁ。

「でも、ほんまにこわいのは宮元センセでしょ」
「な、何でですか!?」
 私の隣で苑香が声をうまいことひっくり返した。
「芦屋センセは普段から怒りやすくて判りやすい。宮元センセは基本にこにこしてはるけど多分キレたらこわいタイプ」
作品名:金色のひまわり。 作家名:紅染響