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大人のための異文童話集1

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第4話 人魚姫


決してここからは逃げられないの。
どんなにイヤなことがあったとしても、どんなに辛く悲しい思いをしても、決してここからは…。

だけどそれなりに自由もあったわ。
こんな例えようのない思いを伝込めて、私は幾人の船乗りたちに歌を歌う。
切なく揺らぐ気持ちをいつもそうして抑えていたの。

そんなある日その人が現れた。

嵐の中で彷徨う船にその人がいたの。
だけど私はただ遠くで眺めるだけ。
それだけでも心が洗われていくのがわかる。

流れゆく船を追って遠くで見ていても、切ない気持ちは募るばかり。
こうしていても、私の気持ちはあの人に届くことはない。

せめてこの気持ちだけでも伝えたい。
どうにもならないことだと、ちゃんと頭の中ではわかっているの。
それでも私の心があなたを求めてしまうから、魔法使いにお願いをしたの。


その日から私は、いつでも近くであの人を見ることが出来るようになったわ。
近くにいればあの人のことがいろいろとわかる。
それだけで毎日が楽しかったの。

けれどもやっぱりそれだけでは…わがままなこの私の心は揺れるばかり。
ある日勇気を出してあの人に声をかけたわ。

あの人は、おどおどと話す私に笑顔をくれた。
私がここに姿を見せた頃から、あの人も私を気に掛けてくれていたの。
なぜか昔から知っていたように話す人、思った通りの優しさで私を包んでくれた。

それからというもの、毎日ふたりで他愛のないお話をする。
笑顔の絶えない日々が続き、いつしかふたりは恋に落ちていた。
でも、船が出る度にいなくなるあの人。

やっと私もここの生活にも慣れて来たから、あなたがいなくても楽しく過ごせるようにとお仕事を探す。
海から帰ったあなたと会って、私のまだ知らないこの世界のお話をたくさん聞くの。

そして、そっと交わす唇の柔らかさも心地よい。
何もかもが幸せと感じる日々。

お気に入りとなったこのお仕事、毎日大変だけと楽しくて仕方がないの。
ここには、海の底では考えられなかった楽しいことがたくさん。
いまではそれらに夢中だわ。

あなたのことすら忘れてしまうほどの、こんな楽しい日々に出会えるなんて、あなたを見初めてほんとうによかった。

いつでも…そう、心の中であなたに感謝しているのは嘘じゃないわ。
けれども私は、もうあの頃のように誰かを求める人魚には戻りたくはないの。

ごめんなさいね、そして…ありがとう。