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コトコト(一)

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コトコト(一)/090726


 琴子と俺は幼なじみだ。そして、二人一組だ。つきあう、とか恋人、とかいう表現はピンと来ないから、二人一組という。改まって告白したこともないし、何より俺たちは生まれたときから十四年間一緒にいて多分これからも一緒にいるから、もたれ合い助け合うことを当然のようにしていて、初々しいレッテルに違和感があるのだった。でもそれは、周りからしたら解り辛いらしい。がんばって説明しようとしたこともあるけど上手く行かなかった。最近は面倒になって、「つきあってる」と言っておく。とくに問題はない。
 何事もなければ、俺と琴子は今ごろ別々に生きていたのかもしれない。クラスの奴らが女子と関わるのに居心地悪そうにしているのは見てるから、そういう年頃なんだなってのはわかるんだ。でも、俺たちにシシュンキが訪れるすれすれのタイミングで、琴子はバランスを崩してしまったんだった。
 琴子はそのときのことを、身振り手振りで教えてくれる。ねえ、紺ちゃん、あのときあたしね、おとうさんを見たんだよ。どうしようもない話を、にこにこ語る。
「あたし呼んだの」
 おとうさん、どうしたの。おとうさん、どこいくの。おとうさん。ねえ。
 行かないで。
 しかしその小芝居に、親父さんのせりふは出てこない。何かを振り払うような仕草で、終わってしまう。
 親父さんがいなくなった夜、琴子は初めて手首を切った。仕事で忙しいおばさんと親父さんのためにみそ汁を作っていたところだったのが、悪かった。琴子は握っていた包丁で、親父さんを追いかけるんじゃなく、自分を責めたんだった。浅子おばさんは、半狂乱になった。玄関を開けたらいい匂いがして、ああ琴子のおみそ汁ね、嬉しいなあ、琴子、たっだいまあ、そう言ってドアを開けたら血だらけの娘が倒れていたんだから当然と言えば当然だ。しかも、旦那には連絡が取れない。意味を成さない叫び声を聞いて、隣に住んでる俺たち家族はかなり早い段階で琴子のうちの事情に首を突っ込むことになった。
「ユータ、救急車っ!」
 琴子のうちの中を見て、まず香奈枝(うちのかーちゃんだ。名前で呼ぶように言われてる)が叫んだのはそれだった。俺はドアのはしっこに覗いた琴子の腕が、あんまり白いことに驚いて、ふらふらしながら119番を押した。白いのに、床が赤い。なんだこれ、ついさっき「またねえ紺ちゃん、ばいばい」ってあいつは言ってた、あの手を振ってたのに。なんでこんなことになった。
「ちょっと浅子さん、大丈夫? 浅子さん。今救急車を呼んだからね」
「……香奈枝さん、ねえうちの人いないのよ、電話も駄目なの、ねえ、琴子が死んじゃう、琴子が」
 死ぬ。琴子が。俺はおばさんの気持ちがうつったみたいにぞっとした。胃がきゅうきゅう痛んだ。怖くて、電話口から動けなかった。
「馬鹿! 琴子ちゃんは死なないよ、しっかりしな」
 そのうち救急車が到着して、琴子のちいさな体を乗せていった。俺は留守番だった。女たちがいなくなった家を守っていた――少なくとも、守ろうとしていた。体の震えが止まらなかった。
 そのうち電話が鳴った。香奈枝だった。
「大事な血管は無事だったみたい。安心しな」
 俺は、泣いた。情けないけど止まらなかったんだ。
 琴子が帰ってきてからがまた大変だった。浅子おばさんは情緒不安定だし、琴子は自傷を癖にしてしまっていたから。ふつうの生活をいとなむってことが、高いハードルになっていた。香奈枝は浅子おばさんを励まして、俺は琴子に説教した。根気強く、解りやすく。だんだん琴子と浅子おばさんは日常生活に戻っていったけど、親父さんは戻らなかった。琴子の、死にたがりも。
 そんなこんなで琴子と俺はばらばらになりそこなって、でもそれを後悔することもなく、傍にいる。死にそうなやつが目の前にいるってのに、恥ずかしいなんて言ってられなかった。琴子が死なないように見ていなくちゃいけなかった。
 つまりそれは、琴子のことが大事だって気付くのがちょっと早まったってだけの話だった。
作品名:コトコト(一) 作家名:RIO