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かくれもの

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空も海もなにもない、まっしろでさみしい場所に、少女はぽつんと立っていました。そんななんにもないところで、少女は夢を見ました。夢では、ありとあらゆるものの笑顔に囲まれて笑う、自分の姿がありました。そこは、とてもとてもしあわせな世界でした。
 少女は遠くを見つめました。そうしてそのまま歩きはじめました。夢で見た、いろいろなものを探すために、少女は歩みはじめたのです。

   ○  ●  ○  ●  ○

 一定のスピードでキーを叩いていた指の動きが止まり、深い溜息が一つ零れ落ちる。キーから離れ行き場を失った手が、雑多に物が散らかった机の上を彷徨い、紙でできた低い山の下から煙草の箱を引っ張り出すと、そのまま一本を唇へと運び、同じ場所に埋れていたライターで火を点ける。先程吐いた溜息の分、紫煙を吸い込み、更に深く肺へ送り込む。目の前で青白く発光する画面を睨み付けるように見つめてみるけれど、途中で止まってしまった文章の続きが勝手に打ち込まれてくれる筈もなく、漏れそうになる舌打ちを誤魔化すために、手元のカップを一口啜ってみるも、黒く揺れるコーヒーはすっかり冷めていて、凝り固まりそうな悶々とした感情を溶かしてはくれなかった。
 このままパソコンの前で石のように何もせずに座っていても仕方ない、と眼鏡を外して適当な場所に投げ捨てるように置き、様々な物の頂点にでもなっているかのように、一番手に取りやすい位置に、無造作に開いたまま置かれたスケッチブックを手に取り、立ち上がる。
 開かれたページには一人の少女の姿。ふわふわとした柔らかい黒髪が、肩下辺りまで緩やかに伸ばされており、その一房が、片方だけサイドの高い位置で、白い花の髪飾りで結われていた。ふんわりと淡い黄色の、ドレスのように広がった裾の左右に、リボンのついたワンピースを着ている少女が、あどけなく笑っているイラストだった。ぱらりと一枚ページをめくると、そこにはお伽噺に出てきそうなたくさんの種類の花で溢れた花畑が軽いタッチで描かれていた。更に次には、何処にでもありそうな公園がスケッチされていた。
それらのラフスケッチをぼんやりと眺めて、ふうと紫煙を吐き出す。出掛けるつもりもなかったため、起き抜けのままあちこちに跳ねている、襟足の長い焦げ茶色の髪を、がしがしと乱暴に掻く。
 傍目にも苛々とした様子が判るであろう自分の、スケッチブックをじっと見つめる様は、さぞかし目付きも柄も悪く見えるだろう。間違っても、こんな輩が、幼いこども達に夢を与える絵本を書いているようには見えないだろう。
 普段からよくぼうっとした表情をしている俺は、元々一重でぱっちりとはしていない目が更に細められていて、大層目付きが悪く見えるそうだ。お前は読者のこどもの前に絶対出るな、とまで言われたことがあるのを鑑みても、それは事実なんだろう。俺としては、別に睨んでいるつもりも怖がらせようとするつもりも全くもってないのだが。職業柄、参考にするために公園で遊ぶ子どもや幼稚園帰りに母親と手を繋ぎ歩く子どもを眺めることもある。そういう時、彼らの、視線を向けずにはいられない無邪気さに、思わず目を細めることも多いのだけれど、それすらも睥睨と取られていたら些か哀しいものがある。

 そんな俺だが、先日、気分転換に近所を散歩していたら、少し先にある公園ではなく、住宅街の道で遊ぶこども達に遭遇した。目を隠して、やや舌っ足らずな、それでも元気の良い声で数を数えている様子から、かくれんぼか何かをしているのだろうことが読み取れた。その微笑ましさに口元に笑みを浮かべながら、車には気を付けろよ、なんて心の中で声を掛けてやりつつ通り過ぎようとしたその時、一つのイメージが俺の中に降ってきた。
真っ白な無の世界を小さく走る少女の姿が、カメラのフラッシュのようにして現れた。少女は、何処かぼんやりとしているにも関わらず、はっきりと脳裏に貼りついて離れない。何かを訴えているようにも見える少女に、俺は散歩を中断して足早に家へと向かうこととなった。
 最後の方は殆ど走るようにして家に帰ると、息つく暇もなく俺は手近にあったB4サイズのスケッチブックの真ん中辺りを開き、焼き付いてしまったイメージを大雑把に描く。雑ながらも、描くことによって、朧気だった少女が、紙の中に一つの存在として現れる。彼女をぼんやりと見つめていると、ふと先刻目にしたこども達の姿が浮かび上がった。
「かくれんぼ……」
 無意識に零れた言葉を合図に、頭の中で少女が動き出すのを感じた。
彼女は探しているんだ。何もない世界から抜け出して、隠れているたくさんの何かを。何かを探し出すために、少女は様々な場所へと行く。それは色んな色で満ちている花畑であったり、きらきらと水面の輝く湖であったり。わくわくした気持ちと、見つけてやるというやる気と、見つけられなかったらどうしようという僅かな不安を抱いて探すかくれんぼの様子はまるで、冒険じゃないか。魔法のように色々な場所へ冒険に出る、なんてとてもわくわくするじゃないか。さあ、彼女をどんな場所へ連れて行ってやろうか。

 そう意気込んで、鉛筆の勢いに任せて十数枚様々な風景を殴り書きのように荒く描いたのが、二週間ほど前のこと。何の繋がりも関係もあるようには思えない、あちこちを描いたラフスケッチを眺めながら、数日頭の中でじっくりと話を練ろうとしたけれど、初めに降ってきたイメージ以外をなかなか思い浮かべることができずに、完全に絵と睨めっこをしているような、無為とも言える時間を過ごしていた。
 たくさんのスケッチの中で、少女が現れそうな場所を選ぶことも、彼女がその中で何を探しているのかを決めることもできなかったのだ。
 日にちが経っても尚消えない、はっきりとした少女のイメージと、様々な場所が描かれている、たくさんのラフスケッチに囲まれた状態で行き詰り、ここ数日間、睨めっこすらすることがなくなってしまった俺は、鮮烈に網膜に残ったままの、真っ白な空間に少女がいる、最初に該当することになるだろうシーンだけを書き出してみたのだった。

 殆ど肺に煙を取り込むことなく、大半を灰に変えてしまった煙草を、吸い殻が絶妙なバランスで山を作っているせいで本来の色を拝むことができなくなっている灰皿に、無理矢理押し付けて火を消す。目は相変わらず顔の高さに掲げたスケッチブックに向けたまま、机の上とそれ程変わりのない、紙や色鉛筆があたかも模様のように散っているベッドへどさりと仰向けに倒れ込む。それまでと同様に、暫く絵をじっと眺めていたが、段々掲げているのが辛くなり、ぱたんと腕が布団の上に落ちる。
 少女は、何処へ行かせるのが良いだろう。彼女の探しているものは、何処に隠れているだろうか。少女は、あの真っ白な空間から、何を求めて、何を探して、飛び出していったのだろう。
 目を伏せて思考することに集中してみるけれど、瞼の裏に映るのは、やっぱり自分の描いた幾つもの風景だけで、そのどの情景にも、少女は姿を現すことはなかった。思考しているように見せても、俺の集中は、キーを叩く指が止まってしまったその時に既に切れてしまっていたのか、目を閉じた数分後には、思考すらも動きを止めてしまっていたのだった。
作品名:かくれもの 作家名:@望