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VARIANTAS ACT2 ThePerson

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Captur 1



 朝、彼は目を覚ました。
 ぼやける視界の中、いつも最初に見えてくるのは、数百の朝と夜を跨いで目に焼き付けた、見慣れた天井。
 毎日、来る日も来る日も、薄汚れた同じ天井を目線でなぞり、壁に掛けてある時計に目を移すのが彼の日常で、その日も彼はそうした。
 刻々と時間を刻む長針。午前8:30。
「やばっ!」
 彼はベッドから飛び降り、部屋備え付けのクローゼットから服を乱暴に引っ張り出して、急いで着替え出した。
 洗面所で自分の姿を見るレイズ。
 突然彼は、その動きを止めた。
 首に掛けられた、薄べったい、アルミ製のドッグタグ。
 新品の、傷一つ無いそれには、『503』と刻印されていた。
「そうだ……。僕、もう訓練生じゃないんだった……」
 友を失った、あの戦い。
 蘇る記憶。忘れる事の出来ない記憶。
 彼はタグを強く握り締め、重い足取りで寝室に取って返す。
 その時、部屋のチャイムが鳴った。
「ザナルティー軍曹、親展書類だ。確認しろ」
 彼が扉を開けると、士官は何も言わずに封筒を手渡した。
 何も書かれていない白い封筒。裏面には、サンヘドリンの紋章が印刷されているだけで、やはり何も書かれていない。
 彼は封筒を開け、一枚の書類を取り出した。
 それは、サンヘドリン人事部から送付された、訓練校から実戦部隊への正式な異動命令書類だった。
 それを見て、溜息をつくレイズ。
 訓練生だったときの……、友と一緒だったときの思い出。
 今の彼にとってはそのすべてが、心のヒビに打たれる楔の様だった。
 彼は目を開けた。ふと気づく。
 封筒の中には、もう一枚の書類が同封されている。それは、宿舎の移動先を聞き記した書類。
 彼は書類と同封されていた新しい部屋のカードキーを見つめ、もう一度、大きく溜息をついた。



****************



 薄暗い無機質な部屋。
 その中心に設置されている、透明なシリンダー。
 シリンダー上下には、何本ものコードやパイプが接続されており、内部には透明な液体が満たされている。
 その液体の中に浮かぶ、うっすらと白みを帯びた肌色の物体。
 身体だ。
 華奢だが、ふくよかな起伏に富んだ、柔らかい女の身体だ。
 彼女は液体の中に、目を閉じたまま静かに浮かんでいる。
「エステル、メインシステム。ユグドラシルとの接続完了」
 室内に響く、合成音声。
 彼女の身体にはセンサー針が食い込み、彼女の身体データを逐一検査している。
「スキャニング開始」
 彼女の身体を走る、何本もの光のライン。
 それは彼女の身体を撫でる様に、何度も、何度も、往復を繰り返した。
「スキャン完了。生体機能異常無し」
「戦闘データ、バックアップ……」
「完了」
「メモリーデータ、バックアップ……」
「完了」
「センサー、パージ」
 一瞬ぴくりと痙攣する彼女の指先。
 巻き取られるセンサーコードが、エステルの身体からセンサー針を抜き取っていく。
「調整槽、排水開始」
 シリンダー内を満たしている“保護液”が内部から排出され、やがて彼女は、自分の脚で調整槽の中に立った。
 流れていく保護液。
 開放される強化ガラス製シリンダー。
 彼女はゆっくり調整槽の外へ歩み出、そして静かに、美しい銀色のロングヘアーを体からはがしながら、部屋の端のタオルの置かれた場所へと歩いて行った。
 タオルを手に持ち、身体を拭くエステル。
 微妙な粘性を含んだ保護液が、彼女の身体から離れるのを惜しむかのようにゆっくりと、タオルの繊維の中へ吸い込まれていく。
 すると彼女は突然、その手を止めた。
「何の御用ですか? エビング博士」
 振り向く彼女。
 するとそこには、白衣を身に纏った長身の女性が立っていた。
「この部屋寒くない?」
「質問の答えになっていません。エビング博士」
「昔は“エレナ”って呼んでくれたのに……。つれないわねぇ」
「それはあなたに、『そう呼べ』と言われたからです」
「でもそれに従ったのはあなた」
「イクサミコは、人間に従うように作られていますが、愛するようには作られていません」
 何も纏わぬまま、白衣の女の顔を見据えるエステル。
「自分で言ってて悲しくない?」
「第一ここは、あなたの管轄では無い筈です」
「まったく……“飼い主に似る”って奴かしら? あなたのその無愛想さは」
 エレナは、一瞬溜息をついてから静かに微笑み、エステルのすぐ側へ近付いた。
「でも……」
 エステルの腰に手を触れるエレナ。
「……それがいいのよね」
 彼女はそう言うと、エステルの肌を撫でた。
「確かに“あの人”好みの身体してるわよね…あなた…」
 ぴくりと動く、エステルの背中。
「でも……彼は貴女の事を本当に愛しているかしら?」
 彼女はエステルの耳元でそう呟くと、その手を徐々に、腰から脇腹へ。脇腹から胸へ滑らせた。
「やめて下さい……博士……」
 エステルの声を無視するエレナは、エステルに身体を密着させ、首筋に残された、淡く血の滲むセンサー針の痕に優しくキス。
 彼女の口の中に広がる、エステルの血と肌の味。
 エレナは、それを求める様に、何度もエステルの首筋に唇と舌先を這わせる。
「やめて!」
 声を荒げるエステル。
 彼女は、エレナの身体を手の平で突き放し、タオルで自分の身体を隠した。
「私はもう……」
 困惑の表情を浮かべるエステル。
 そんなエステルを見てエレナは、不敵な笑みを浮かべてから彼女に言った。
「そうね、あなたには“彼”が居るものね……」
 一瞬寂しそうな表情をするエレナ。
 そして彼女は、最後にこう言って部屋を出て行った。
「彼に……、グラムによろしくね」
 彼女を見送るエステル。
 一人、部屋に残された彼女は、タオル越しに自分の肩を抱いて、呟いた。
「この部屋寒いわ……」