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天狗の話。

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だからいつもうるさいと言っているのに。

びゅう、だの。ごう、だの。
風の音が夜を渡って吹いていた。寝るには少し気に掛かる程度の音で。
あまりにも冷え込むような夜は、風は冷気を吹き飛ばすどころか更に吹き付けてくる意地悪だ。
部屋の隅で横になりながら、ぼう、とそんなことを考えていたら声が聞こえた。

「おぉい、おおい。起きているかね」

今何時だと思っているのか。
手を伸ばして充電中の携帯を開いた。
暗い部屋がぱ、っと明るくなり、外からの声が嬉しそうに続く。

「いやよかった、起きているとは好都合」
「待て、お前の都合は良くても、私は良く無いぞ」

がらりと窓を開けて入ってくる姿を見てため息をつきながら身を起こす。
時刻は日付をまたいだ程度。
黒い長身が風と共に入ってきて、窓を閉めた。

「しかし、女の独り身で鍵もかけずに無用心」
「……ここに乗り込んでくるような輩はいないからね」
「ほう、俺を待っているとは感心だな」

どういう解釈でそういった答えに辿り着くのかは理解が出来ないが、地上五階のベランダも無い部屋に乗り込んでくる人間は滅多にいないと思う。
窓を開けたせいで肌寒い。
脇に放り出していたカーディガンを被りながら用件を聞いた。

「何?用件といえばアレしかないだろう、アレ」
「は?私は明日も仕事なんだ、とりあえず帰れ。今すぐ」
「夜這い」

頭が痛いのは、気のせいではないだろう。
風邪だったら仕事に支障が出るな、むしろ休めるかなどと考えていた為に返事が遅れ、気がついたら体を抱え上げられてベッドに下ろされていた。

「しかしお前は床で寝るのが好きだな」
「違う、寝ていたわけじゃない。気がついたら横になっていたんだ」
「それを寝ると言うんだ。まぁいい」
「だから、何をしている」

服の合わせに手を突っ込もうとする馬鹿が不思議そうに私を見下ろした。
部屋は暗いのに、相手が、表情の読める位置にいるのが憎たらしい。

「何度も言わなければダメか」
「……そうじゃ、なくて」
「うむ。とりあえず俺も合意の上でないと気が進まないからな」
「それは、感心するけど」

近づいてくる顔を手で逸らしていたら、両手を握りこまれた。
あ、と思うまもなくキスされる。
一回二回、後は数えるのも面倒になるくらいに唇を食まれて舌を吸われる。
先程まで感じていた部屋の寒さは、もう無かった。

「…この、駄天狗」
「はは。何故かな、お前に言われると褒め言葉のように聞こえる」

あっけらかん、というのはこういうのを指すんだろうな、と頭の隅で考えて、そこで考えるのを止めた。

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「む、陽が昇るか」
「……睡眠不足でくまが出来たらどうしてくれる」
「お前に寄る男が減るだろう」
「もーいい、早く帰れ」

眠気で回らない頭で言葉を返し枕を投げつけたら「きちんと寝ないと寝違えるぞ」と体勢を直された。
枕を戻されるときに頭を抱き寄せられ、この近辺には無い、どこかの森の緑の匂いがしてふと思い立ち聞いてみた。

「あんたさ…私を攫おうとか考えないの」

一息、相手が動きを止めた。

「ここまでくるの、結構大変でしょう?」
「それ、は」

ああ、今もしかして困った顔をしているのではないだろうか。
目蓋越しに夜明けの気配を感じながら、言葉を聞き取るのに意識を集中する。
だけども眠気には勝てずに。

「……お前は」

その後続けられた声を、私は聞き取ることが出来なかった。

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作品名:天狗の話。 作家名:ちはや