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コーンスープのお返し

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三杯目




「そういうことだったら、いいよ」
「よかったぁっ。矢野ちゃんありがとーうっっ」
 あゆむの両手を握ってぶんぶんと振り回すだけでは飽きたらず、その友達は抱き付いてくるような素振りすら見せたので、あゆむは慌てて身を引いた。
「そこまで喜ぶことでもないと思うんだけど」
「んーん、そんなことないよ」
 つけられた注文は「桜崎くんがくるまでは近くにいて、でも、来そうにになったら隠れてね」という少々理不尽なものだったが、告白付き添いなら中学のときからさんざんやらされていたこともあってあっさりと承諾したのである。あゆむの口が堅く、少なからず引っ込み思案に見えるところがこういった話を引き寄せるものらしい。
 3学期がまだ始まったばかりのつもりでいたのに、めぐりめぐってもう2月になりそこかしこから一年後に迫った受験の話題が漏れ聞こえ、妙な焦りがクラス中を取り囲んでいた。その反動なのか、今のうちに高校生活を滑り込みでも満喫しよう、と考えるクラスメイトも少なくない。もっとも、目の前でほわやんと無防備な笑みを見せている彼女とは関係のなさそうな話だった。
「本当は一人で行くつもりだったんだけど……。やっぱり、だめだぁ、って思って。桜崎くんは他校の子だし……」
「うん」
「たすかったぁ、このお礼は、いつかきちんとしますから、あゆむちゃん」
「だから、別に大したことじゃないってば」
 更に言えば、あゆむにはどちらに転んだところで結末がどうなるのかがなんとなく分かっていた――予想出来ていれば、あとはただ見守っていればよい。そもそも哉子によれば男というのは想像以上に鈍いもので、同じ学校ならいざ知らず、通学途中に一目惚れして、それ以降思い続けていました、なんていうおとめちっくなシチュエーションになど気付かないことが多いらしい。ただし、目の前にいる彼女は美人に数えられることは少ないものの正統派の「かわいいクラスメイト」として通っているので、男の方からその場で惚れられたり、そうでなくとも付き合いたいと思わせる可能性も少なくはない。勝算はまったくないわけでもないとあゆむは思っている。
「桜崎、ね」
「あれ、矢野ちゃん、桜崎くんのこと知ってたの?」
「いや、別に」
「そっか」
 やっとあゆむの手に絡まっていたすらりと長い指を下ろし、彼女は少しだけ真剣な表情を浮かべて、よろしくね、とつぶやいた。そんなわけで、彼女と明後日の放課後に連れたって哉子の通う高校へと向かうことに決まったとき、あゆむは割かしことを軽く考えていたのだった。
 実際、軽くすむはずでもあった。
(桜崎、か)


*


「あれ、なんであゆむがこんなところに――」
「しぃっ」
 突然すぎる哉子の登場に思わず悲鳴を上げそうになったものの、今は明らかにそれを追及している場合ではなかった。あゆむがホッカイロを握っていないほうの手でその口を押さえ、もう片方の手でこっそりと指し示すと一瞬で哉子は静まり、何もかもが分かったかのようにうなずいた。あゆむの手をはずすついでに、ささやくことも忘れずに。
(「ね、あゆむ。あの子なかなか可愛いね。友達?」)
(「まぁ、ね」)
 義務的にうなずき、答えてから再び押し黙る。放課後の校舎裏で思い人とふたりきりで向き合って、というロマンチックに見える少女漫画風の情景も、実のところ当事者の彼女はもう桜崎に断られたあとのことだったから、その場にはなんとも言えぬ気まずい空気が流れていた。涼しい顔をしているのは部外者の哉子のみで、桜崎某などは告白された当人のくせにその場を逃げ出したいような顔をしていた。逃げたいのは、彼よりも彼女のほうだっただろうに。
 しかし彼女はきちんと両足で地面を踏みしめて桜崎と向き合っている。あゆむはそもそも前提すら満たしていなかったのに。
(告白、すらしてないんだもん)
 隣に哉子が現れるまでは抑えていた思いが、ふたりとふたり、という比較で際立たされる。ぐっと噛み締めた唇の痛みで平然さをなんとか保ちながらあゆむが硬直した場を惰性で見つめ続けていたとき、ふと彼女のほうが口を開いた。
「なら、一つだけ答えて下さい」
「お、おう」
「桜崎君の好きな子って、真城さんですか」
「真城……?って、」
「真城冴さんのことです」
 ――あゆむは文字通り、ぶっ飛びそうになった。
(「へ〜えぇ。勇気あるわね、あの子」)
(「ちょっ、哉子!」)
(「分かってるわよ。口出しなんかしないわ」)
(「当然……」)
(「はいはい。それよりほら、桜なんとかがしゃべる」)
 はじめから明らかに哉子の目が笑っていなかった時点でもう彼がうわさの「桜なんとか」であることは確定したようなものだったが、それでも今は更になにやらおどろおどろしい雰囲気を放出しはじめた哉子の言葉はあゆむにショックを与えるには十分だった。冷静な自分は冷静でない哉子の振舞いはむしろ桜崎に想いを向けているみたいじゃないか、と笑っているはずだが、それだけ哉子が真城冴について、名前が出て来るだけでもここまで刺激されてしまうほど真剣なのだという考えが浮かんでくるのをかき消すことまでは出来ない。
 やがて桜崎が空に視線を投げやって、
「真城とは、そんなんじゃねぇ」
「だったら、どうして……」
「悪いけど俺、今そういうのに興味がなくて、だから。その、悪いな」
 この一言で決着がついた。きびすを返す彼と立ち尽くす彼女。詰めていた息を吐き、あゆむはさてこれからどうするべきかと画策しはじめた。哉子と自らのことから意識を逸らすためでもある。本当は考えるべき策なんてなにもないことは、自分が一番よく承知していた。
 哉子はいったいどんな理由で告白をはねのけるんだろう。たぶんそれは、一瞬にしてあゆむがあきらめられるようなものなんだろう。
(「まぁ、あれが桜なんとかの精一杯ってところかしらね。流石へたれと言ったところかしら」)
 何を思ったか哉子は肩をすくめ、あゆむの頭をぽんぽんと子供をあやすみたいに叩いた。その感触でまた、泣き出しそうになってしまう。
 いつの間にか頭を垂れていたあゆむは、もう彼女を見てはいなかった。その間に彼は既に角を曲がり見えなくなっていて、義務か何かを果たしているかのように彼の後ろ姿を見送っていた彼女は、不意に振り向いてわき目も振らずにあゆむの方へと真直ぐ駆け寄ってきた。そして、彼女は見知らぬ女生徒と対面することとなった。
「あゆむちゃん?」
「あ、これは、えぇと、哉子」
「大丈夫。あたしはただの通りすがりですからお気になさらず」
 言いながらもあゆむにじっと視線を注いでいる哉子は屈んだまま、あゆむの隣から離れようとしない。彼女がしばらく目を白黒させているうちに辛うじて心を奮い立たせたあゆむは、ならばここは自分から去るしかない、と彼女に手を伸ばした。預かっていた通学鞄を渡すと、これはなんとか受け取られて、上の空から少し回復したところに話しかける。
「えっと、じゃあ、とりあえず帰ろうか。そこのひとは気にしないで。――うん、大丈夫だよ。言い触らしたりするようなやつじゃ、ないから」
「ううん。そこまで気を遣ってくれなくても大丈夫だよ」
 ひとりで帰るから。
作品名:コーンスープのお返し 作家名:しもてぃ