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“彼女”の場合

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海の底にある世界。
そこにいたのは海の生き物や御伽噺に出てくるような人魚達。
その人魚の中にずばぬけた美しさを持つ人魚がいた。
その人魚はある嵐の日に恋をした。
何を犠牲にしても良かった。
どんな事をしても叶えたかった願い。
強く・・・・強く欲した心。

「 オ ネ ガ イ ワ タ シ ヲ ア イ シ テ 」

ただそれだけ。
彼女にとっては何よりも純粋な想い。
けれど、その願いは彼女以外の者にとっては
狂気以外に他ならない。


人魚姫


あなたを助けたのは私よ。
あなたを一番最初に愛したのは私なのよ。
あの女なんかじゃないのよ?
ねえ、お願い気づいて。
あなたを一番愛してるのは私なのよ。

“彼女”は今日もそんな気持ちを抱えていた。
“彼女”の名前は誰も知らない。
“彼女”は喋ろうとしない…否、喋れないからだ。
そして、教養もないので字もかけない。
それ故、皆彼女の名は呼ばなかった。
それは、彼にしても同じことだった。

「今日もここにいたのか」
城から離れた浜辺にいた”彼女”に声をかけた。
声から相手がわかったのか、満面の笑みで振り返った。
「お前はここが好きだな」
“彼女”が恋をした王子様はそう言って笑いかけた。
その笑顔を見れれば“彼女”は幸せな気持ちになれた。
けれど“彼女”は思う。
「(違う……)」

違うのよ、この場所が好きなワケじゃない。
あなたに思い出して欲しいだけ。
それなのに…。

「ここは、姫が僕を助けてくれた場所なんだよ。あれがなければ、僕は死んでいたし姫とは会えなかったね」

あなたは気づいてくれないのね。

「王子様。こんな所でどうかしましたの?」
“彼女”にとって嫌な奴が来た。
「お風邪を召されてしまいますわ」
隣国のお姫様。
キラキラしてふわふわして、お人形みたいなお姫様。
“彼女”の王子様を奪った憎い人。
「まだ体調が完璧ではないのですから、駄目ですよ」
そう言ってさりげなく王子様の隣へと進む。

やめてよ。
そこには私がいたハズなのよ!?そこには私が!!

「(私が…いたはずなのに…)」

嫌い嫌いキライキライキライキライ!
私の王子様をとらないでっ!

「あっ、どこに行くんだ!」

こんな所にいたくない。
あそこにはいたくない。
嫌、嫌なの

“彼女”が部屋に引きこもってベットに臥せっていれば、部屋の扉がノックされた。
「僕だ。入るぞ」
控えめな声。優しい声。“彼女”の大好きな声。
「急にどうしたんだ?気分でも悪いのか?」

違う。違うよ。
そうじゃないの。

首を横に振る。
「それじゃあ、原因は……その………姫なのか?」
どきりとした。図星を指されてしまったからだ。
「……お前は、声も出せないし身内もいないだろ?だから、お前が望むならこのままこの城にいれるようにしようと思ってるんだ…」

彼が私の為にココにいられるようにしてくれる?
なんて幸せなことだろう!
彼が、私のために!!

“彼女”の心は躍った。
でも、次の瞬間に全ては叩き落された。
「だから、姫とは仲良くして欲しいと思うんだよ。彼女はもうすぐ僕の妃になる人だから」
“彼女”は心臓が止まるんじゃないかと思った。
飛び起きて王子様の顔を見た。
照れているのか、少し顔を赤らめて嬉しそうに笑っていた。

「だから・・・・・な?」
“彼女”はどんな表情をしたのかはわからなかった。
でも、王子様の安堵した表情を見ると、ちゃんと笑えていたのだろうか?
「お前には話していなかったけれど、嵐の日に溺れて駄目だと思ったときに天使のような人を見た。
あんな状況でも美しくて心惹かれたよ。今ではよく覚えていないけれど、あれは姫だったのだろうね」
彼は嬉しそうに笑う。
「そろそろ僕は行くよ。調子が悪いのならゆっくりと休むといい」
そう言って王子様は部屋から出て行った。

涙が溢れてきた。
ポロポロと次から次へと流れてきた。
“彼女”は心の中で想いを吐き出した。

ああ、声が出せたらどんなに良かったか。
声が出せたなら王子様に気持ちを伝えることができた。
声が出せたなら。
いま、大声で泣けたのなら、幾分かは心の重みも取れただろうに。


『次の満月の晩までに王子を殺しなさい。そうすれば貴女は助かるわ』


数日前の晩にお姉さま達がやってきてそう言われても断った。
例え、想いが伝わらなくても一番近い場所にいられるのなら泡になる日も静かに受けいれられると思っていたのに。
一番ひどい仕打ちをあなたはするのね。
泣いて泣いて泣いて。
泣き終わって夜の空を見上げた。

何かが“彼女”の中で壊れていった。
それから静かに部屋を見て、部屋を出たときには
その手に短剣を持っていた。
向かったのは王子様の部屋。
部屋の扉を開けた。
中に進めば、愛しい人が眠っている。
眠る王子に手を伸ばし、髪を撫でた。
その手の感触が感じたのか、彼は身じろいだ。
数回瞬きをしてからゆっくりと目を開けた。

「…どうしたんだ……?」

ゆっくりと起き上がって“彼女”を見た。
“彼女”の顔を見て、視線を下にして、“彼女”の持っている短剣に目をとめた。
「お前…それは……」
驚きで目を見開いた。
それでも、“彼女”は微笑むの微笑んで、手にある短剣を

自分の胸に刺した。

赤い血が飛んだ。

「自分で自分を…どうしてっ!?」
「ど………して…も……つた…え………かった…の…」

彼女は流れる血を見ながら想いをめぐらせていた。

話すたび、言葉と一緒にひゅー、ひゅーと音がする。
ああ・・・私の声・・・・・・。
久しぶりに出した声は自分の声はとても懐かしい…。
声が出る時は二つある。
王子に私のことを気づいてもらった時。
そして、私の命が終わろうとした時。
だから、だから私は…。

「いつ…ま…で…も気づ…ては……く…れ…なか……でしょ…う…?」
「気づく…?」
「あの…あらし……夜…に…お、お会い…してか…ら…ずっと……」
「それじゃあ、お前は…」

ああ、やっと思い出してくれた…。
それを確かめられたなら、もう充分。

“彼女”は胸に刺さったままの短剣に王子の手を重ねた。

「や…と……見つけ…てくれ…た……」

“彼女”は短剣の柄に彼の手その上に自分の手を重ねた。

「あなた…を…最初…に…愛し……た…のは…わた…し………あ、あの人……じゃな……い…」
「そんな…気づかなかったなんて…」

ああ、辛そうな顔ね。
あなたはいつも人の痛みを自分の痛みに思う優しい人。
だからね。

「も…う…あなた……の…とな…りに…彼……じょ…見る…………は……い…や……」

私はそれを利用しようと思うの。

「ごめ…な……い………さ…よ…な………ら…」


『愛してる』


“彼女”の体は消えた。
一瞬で泡となって消えた。
何も残らなかった。



むかしむかし あるところに。
とっても ゆたかな くに がありました。
けれども おうさまは ひとりとして ひめをめとることなく
その しょうがいを おわらせたのでした。
なぜかって?
それは おうさまのみぞ しることなのです。



人に恋した人魚姫。
その命を懸けて
愛しい人を手に入れた。
作品名:“彼女”の場合 作家名:727