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いつかっていつですか(日+横)

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ナースシューズはぴすぴすと音を立てる、ということを横森は最近知った。これは歩き方からもくるのかもしれないが、とにかく横森は歩くときに音を立ててしまう。うーん、とちょっとだけ首を傾げながら歩くわけにもいかず、横森は軽いノックをした後返事も待たずに病室に滑り込んだ。


「日下部先生」

個室のベッドに横にならず、ソファの上で毛布に包まっている白衣の人物をとりあえず呼んでみる。元々の眠りが浅いからか、もう一度横森が呼べば日下部と呼ばれた人物はゆっくりと身じろぎをした。くぐもった声が、今何時、という疑問を伝える。

「今は9:50です。申し訳ないのですけど、今日はあまりゆっくりもして頂けないので」
「あぁ、もうそんな時間…」
「個浴されるなら早めになさってくださいね」

うーん、と一度ソファの上で伸びをした日下部は頭を押さえながら立ち上がり、個室に付属されている浴室へと向かっていく。体の節々が痛いな、とは思ったが、それを口にしてしまうと横森が「ですからベッドを使ってくださって構いませんのに」と言うのでやめておいた。
この個人用の病室はいつも日下部の様な研修医をかくまうためにある、らしい。らしいというのは、今この病院に居る研修医が日下部だけだからだ。どうやら院長とやらもこの部屋を隠れ蓑にしていたらしいのだが、日下部がこの部屋に泊まりこみをするようになってからかち合ったことはない。もしかして遠慮されているのだろうか、それとも遠慮させられているのだろうか。日下部はどうにか思考を切り替えようとするのだが、一度脳内を過ぎった考えは意外と消えるのが遅い。
日下部は内科の人間ではあるが、現場に入って未だ二年目。まだまだ総師長には頭が上がらないし、腹ばかり出始めている医師の機嫌を損ねないようにするのも骨が折れる。

ふと、日下部は43℃のシャワーを浴びながら横森のことを思い出し、唐突に、横森さん、と声を張り上げてみる。何でしょう、とすぐさま返答が来た事を考えればどうやら放置された毛布などを片付けているのかもしれない。

「横森さんは今日、早番?遅番?」
「今日は休みですよ」

え、と思わずシャワーを止めて個浴から出れば、いつの間にかバスタオルが用意されている。精神科用のバスタオルであることには言及しないことにした。どうせあちらはタオルの枚数なんか気にはしていまい、こちらの予算とは違うのだ。日下部は一瞬そう考えてしまった自分を叱咤して、急ぎ身体を拭いて服に手を伸ばす。そこからは横森の後姿が見えた。
横森は薄いピンク色のナース服を着用している唯一の看護師だ。それに白いエプロンを重ねてナースキャップをする姿はコスプレにも近い気がするのだが、意外と年寄りにはうけが良いらしく、注意をされているのを日下部が見たことは無い。基本的にナース服は自由なのでパンツタイプを着用する看護師も多い中、何故か横森はずっとスカートを履いている。どうやら、それは自戒にも近いらしい。らしい、という推定型なのは日下部がそれを疑問として口にしたことが無いからだ。

「小鉄先生から連絡を頂いたんです。日下部先生は起きてる?って」
「それは酷い。まるで自分が信用されてないみたい」
「信用されていないなら、わざわざいらっしゃらないでしょう」

ふふ、と横森は日下部の方を振り向いた。既に白衣まで着ていた日下部が焦ることなど何も無かったのが一つの救いだった。
小さく息を吐いて日下部は再びソファへと戻り、今度は深く腰掛ける。そして横森が置いたであろうカルテを見やった。横森が小鉄先生、と呼んだ人物のものだ。小鉄は横森よりも日下部との付き合いの方がよっぽど長い。児童養護施設の相談員である小鉄は妄想癖があるのだと自己主張する少し変わった人物であったが、その手腕は確かなものである。むしろ完璧でない自分を印象付けることによって完璧に近くなる存在なのだ、と日下部は思っている。それはやや横森にも似ている、と日下部は思う。

「…前回は?」
「パロキセチン塩酸塩水和物とカルバマゼピンを処方されていました」
「意地悪しちゃだめだよ。はっきり言って」
「失礼しました。パキシルとテグレトールです。もしも不満を言われる様でしたら、ジェイゾロフトとサイレースになさったらいかがでしょう?」

それもいいかもね、と日下部が肯定すると横森は胸の前で手を組み合わせて微笑んだ。褒められた時に喜びをてらいも無く表現するのは横森の特徴だが、日下部にはそれが少し恥ずかしい。あぁ、早く小鉄が来ないものか、と日下部はひっそりとカルテに目を落とした。







*いつかっていつですか(どうせ守れない約束なんでしょう?)