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君はまだ死ねない そのいち

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 意外と人間は強いって、今になって気付いた。
 死ぬ死ぬ言っても人はまだ生きていられる。明日やる、すぐやるというように、人間は今やろうと思ったことをずっとずっと先延ばしにすることができる。
 それを強いとは言わないと言われたら。黙ってうなずく。たしかにそれは強さじゃない。でも生きてるか死んでるか、いや、これから生きるのか死ぬのかという選択をすぐできるというのは、そして生きるほうを選ぶのは、強いからだと思う。
 という下らないことを毎日考えるフリして、僕は日々を無駄に過ごしている。
 午前七時半、彼女はまだ出てこない。
 昨日不法侵入した現場のマンション(やっぱりマンションだった)の入り口が見えるちょうど良いところに、お洒落な感じのカフェがあった。当然こんな朝早くからやってるわけが無くてと思ったらやっていた。通勤にコーヒーをテイクアウトする人をターゲットにするため、こんな早くからやるらしい。さほど、不景気に影響を受けていると見える。
 カフェで彼女を待とうという魂胆である。嘘、いや嘘ではないけれど、ストーキングしようという意味だとかぎりなく正解に近い。
 職業、ニート。ひきこもり。家事見習い。なんでも言えるマルチな職種。しかしその多彩なネームとは逆に世間の目は白一色で、そのあまりの温度の低さに耐えかね、今度からはマルチクリエイターと嘘を言おうと思っている。今この不景気で全然仕事が無くてあははー。あっという間に人との間に暖かい交流が生まれる。グレイトだと思う。
 そんな妄想を祝福するかのような晴天は神からの恵みであることに疑いはなく、昨夜に引き続き素晴らしい演劇を演じるのだという高揚に胸を躍らせる今日この頃。思い出しただけでも興奮につい口元が緩む、それをコーヒーを飲むフリをして周りに悟られないようにする。テラスに座ってマンションの入り口を凝視しようなんていう変人は自分だけなので無駄な偽装行為けれども。
 時刻は八時を回り、そろそろ出勤に家を出たサラリーマンが少なくなるころ、目的に人物が現れた。
 夏らしい腕を露出したカジュアルな服装から、昨夜のような心の暗闇部分は感じ取れない。表情も特別暗い様子は無いので、ひとまずは「成功」ということか。
 彼女の後姿を消えなくなるまで見届けてから、半刻。どこからともなく片手にコーヒーを持ったスーツ姿の女性が僕の隣の席に、なんの挨拶もなく座った。
「とりあえずは成功ということで」
 僕でも知ってる高級ブランドのビジネスバックから、茶色の封筒を取り出し、テーブルの上に置く。宛名も何も書かれていない、封をしただけの薄い封筒。
 それをテーブルの上から「拾って」女性の目の前でびりびりと封を切った。中から出てきたのは諭吉さんが一枚と一葉さんが一枚。それだけである。
「いつもより足りない気がする」
「とりあえずは成功、です。完全な報酬はあと二日ほど彼女を監視していただいてから“置いて”いきます」
 女性はそう言うとコーヒーを一口飲んでから、すぐに席を立ち、その場を去った。
 残りのコーヒーを飲み干してから、息をつく。何してんだろうオレ、なんていまさらなことを空を仰ぎながら思う。
 僕もそろそろ帰ることにする。お金は貰ったし、彼女の元気な顔は見れたし、眠いし。
 こうして普通の格好をして歩くと、自分もフツーの人なんじゃないかって錯覚する。フツーに学校行くなり、フツーに会社いくなり、俗世間の荒波にもまれて、紆余曲折を得て人生の終盤に「ああ、普通の人生だった」なんて呟く。そんな人間なんだろうって思える。
 しかし、現実は奇なりである。
 実際の僕は普通の人間を気取ったクズ。日の光を借るクズなんですよ。