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恋愛小説のようには

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高校の卒業の日のことだ。父は、その日、俺に酒を飲ませてくれると言ってきた。
 未成年違反だろうが、なんだろうがとかまわず飲ませられて、父は好きな子はいるかと聞いてきたので、父が好きだといった。冗談だろうと笑うから、本気だというと、父はあまりのことに気絶した。

 俺の父は、若い。
 元ヤンらしく、昔は、どこぞのヘットをしていた。母もやはり元ヤンで、犯罪ギリギリの年齢で俺を出産したあと、あっけなく交通事故で死んだ。そのとき、父はまだ18歳だった。俺が4歳のことだ。
 だが、父の今の髪は黒く、いつもスーツをきている。ばりばりのサラリーマンだ。昔の写真なんかを見て、ああ、父はこんなんなのかと思うくらいのものだ。
 俺を引き取るのに、いろいろと騒動はあったらしい。だが、今、俺は父と二人で暮らしている。

「うー、あたまいてぇー」
 寝室から出てきた父は、そのまま洗面所にいくとげぇげぇと吐き出した。体の内臓を吐き出すんじゃないかというくらいに激しい嘔吐だった。
 俺は、朝飯を用意していた。父はげぇげぇしたあと、いつもの二倍はよく飯を食べるのだ。
「二日酔いの薬くれ」
「はい」
「昨日、酒によって変な夢をみちまった」
「なに?」
 水をコップにいれながら、よく効く頭痛薬を父に差し出す。父は受け取って一気に飲む。
「お前に好きだといわれる夢だ」
「父さん」
「ん?」
「それ、現実だよ」
 俺の言葉に父は飲んでいた水を噴出した挙句の果てに、薬を喉に詰まらせて危うく窒息死しそうなのをなんとか薬を吐き出し、またしても気絶した。
 父が気絶する姿を俺は二回目も見てしまった。

 俺が4つのとき、父はまだ仕事もしていない、よくいうところの駄目人間の典型であった。
 当時の話を元仲間やら、祖父や祖母からきくかぎり父はよいとはいえない。
 だが、そんな父が一つだけすごいところは、俺を引き取ったことだろう。
 間違いだらけである父の人生は、俺を棄てるという道ではなくて、引き取る道を選んだ。もちろん、母の両親は黙ってなかっただろうが、それをどういう風にねじ伏せたのかは知らない。
 父は、俺を引き取った。
 18歳の父は、4歳の息子をもったわけだ。

「あ、あたまがいてぇー」
 父が布団から唸なり声と供に起きた。
「気がついた?」
「おい、雅、お前、今日、学校は?」
「今から、二ヶ月は休みだよ。大学は四月からだから」
「あ、そっか」
 父は間抜けな声をあげてぽんっと手の平を拳でたたいた。
「もう、気絶しないでね」
「気絶するなって、実の息子に好きだっていわれたら、気絶もしたくなるぞ。お前、冗談とか言わなさそうな顔して、なんっー、心臓に悪いこと言うんだ」
「真実だもん」
 俺は、いいかえして、立ちあがった。
 父はまた気絶しただろうか。
 ふときになってふりかえると、父は神妙な顔をしていた。
 勉強という二文字が嫌いで、考えることなどに頭をまわすなという父が、珍しく悩んでいる顔をしている。
「そりゃあ、父親としてだよなぁ」
「男として」
 俺の言葉に父は、三度目の気絶はしなかったが――布団の上に倒れた。

 18歳の父にとって、4つの子なんてある意味では、無知の存在だろうが、父はその点については、父親らしい父親だった。
 失敗することも多かった。実際、見てきた自分がいうのもなんだが父はよく努力がからぶりするタイプの人だった。
 けれど、いつも俺の父親であったことにはかわりなかった。
 そんな父を俺は好きになった。
 同性な上に、親相手に、恋愛感情を持ってしまった。

「俺の育て方がわるかったのか?」
 水で濡らしたタオルを額にあてて父は唸っている。俺は今日の昼はお粥にしようと決めた。
「父親一人だから、こんな育ち方しちまったのか? 俺が元ヤンだからか?」
「父さん落ち着いて」
「落ち着けるかっ!」
 父が唾を飛ばしながら身を起こした。
「お前、自分の一人息子が、あろうことか、ほ、ほ、ほ……ホモなんだぞっ! とーさんおちつけるわけがないだろうっ!」
 ごもっとも。
「昼はどうする? 食べられそう?」
「あ、お粥で頼む。じゃなーいっ! 雅、父の目をみろ、顔をみろっ!」
「みてるけど、なに?」
「お前、本当なのか? というか、本当なのか?」
「二回もいわなくても」
「言いたくなーるっ」
 父の悲鳴のような声を聞いて、俺は笑った。
「こういう息子はいや? 俺は、出ていくよ」
 18歳になって大学は、祖父母が行けというので、行くことにしてある。無論、今住んでいるマンションからは近い。けど、父がこの状態では一緒には暮らせないだろう。どうせ18歳になったら、マンションを借りて一人暮らしの一つもしてみろともいわれていたし問題はない。
 父は料理ができない人なのだ。掃除・洗濯はなんとかできるようになったので自炊もできる。
 あとは父にあうかわいいお嫁さんをみつければ、いいのだろうなっと思う。なんせ一人では何もできない人だ。
「まて、まて。まてー。雅、俺は出ていけなんざ言ってないぞ」
「けど、一緒に暮らすの無理でしよう。父さん」
 父が黙った。
 都合悪くと黙るクセを父はもっていた。
「出て行くよ」
 荷物は実はまとめてあった。出ていく準備はいつもしてあった。
 18歳になったら家を出ようと決めていた。
「父さんが好きなんだ」
 俺は笑った。
 一番初めに好きだと自覚してしまった相手が父だった。
 叶うはずもなければ、望み一つない相手に、俺は永遠と焦がれ続けている。
 俺だって、一般の男子らしく、たくましい胸やら筋肉やらはないとしても、好きな人と一緒にいるのは辛い。すきだから一緒にいることが辛い。
 父は、困ったように俺を見ている。
「出ていくよ」
 ただ一度だけ、すきだと伝えたかったんだ。
「まて、まてっ、ちょっと、まて、雅。俺とドライブいこう」 
「父さん?」
「デートだぞ?どうだ」
 どうだといわれても。
 俺は困ったように父をみて、それから少しだけ困ったように笑った。
「うん。父さんとデートする」
 デート。デート……デートね。
 父はなにを考えているのだろう。

 父は、バイクが得意だが、俺には絶対に乗るなという。危険だから、息子には乗るなというのだ。自分は乗ってるクセに随分とわがままな男だと俺は思う。
 父のバイクにの後ろに乗った。父の走らせるバイクは心地がいい。
 気持ちいい風がしたと思えば、すぐに海についた。
 ボロアパートから海は近い。だから、時々、海までドライブに父はいっていた。そのことを俺はひそかに知っていた。
「もう夕暮れだ」
 俺は言いながら、夕暮れにそまった浜辺を歩いた。
 潮の匂いがした。
「なぁ」
「ん」
「なんで、父親なんか好きになった? それってよ、恋愛感情ってやつ?」
 父の言葉に俺はあいまいに笑った。
 父が好きだ。好きで、好きで、たまらない。
 だから、逃げ出そうと決めた。
 そばに居て、叶うものならば、いくらだってそばにいよう。だが、叶わないとわかっているからこそ、逃げるのだ。
 きっと、父は驚くだろう。
 こんな淡白な息子が、どれだけ想いをはせているか。
作品名:恋愛小説のようには 作家名:旋律