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死神に鎮魂歌を

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第一章 無価値の死去に反逆を



「誰?」
 自分の名前を、耳に心地よく響く低い声で呼ばれて少女――志織は戸惑った。
 自分の先が長くない事をいつからか分かっていたから自分が死んでしまった事、そして自分が一般的に言う幽霊になってしまったのを志織は何となく分かってはいたが、それでもまだ十六歳の少女を混乱させるのには十分で。その上のこんないきなりの人物の登場に無意識に志織はベッドの上を後ずさる。
 何よりその姿が。
 おそらく今自分の名前を呼んだ声の低さで男だと分かるが、それ以外の情報からそうだと分からないのはその人物がゆったりとした黒いローブで全身を包んでいて更に目元まで同色のローブで隠していて笑んだ口元だけが見えるだけで顔も何も分からなかったから。否、その全身の体格の大きさからも何となく男性だと推測は出来るが。
 けれどそれよりもその全身黒のその姿はそれだけで威圧感があり、志織は知らず圧倒されていた。
「分かりませんか?」
 その人物は志織と違って透けてはいなかった。けれど今の志織と同じくこの病室の誰もその存在に気付かず、そうよく通る声で言っても志織以外の人間は誰もその人物へと振り向いたりしない。
 だから志織は混乱した頭では最初その人物が何と言っているか分からず、一人で考える事になった。恐らくこの場で他に誰かこの人物の存在を視認出来る人間がいたら恐怖で青褪めていただろう。
 そうしてそれはすぐに志織もそうなった。
 その人物が分からないかと言って示したモノがやっと分かって。
 それは鎌だった。
 鈍く銀色に光る大きな三日月型をした、黒衣の人物と同じくらいの長さがある大きな鎌。
「死神……」
 大きな鎌。漆黒のローブ。生きている人間には感知されない存在。それだけでもそう結論するには十分で呟いた瞬間には本能的な恐怖で更に後ずさろうとした時、志織はふと止まって自分の行動に唇を笑みの形に変えた。
「どうして笑うのですか?」
 問われた言葉に今度は表情だけでなく、小さく笑い声まで漏らし始めた。我慢しようとしてもとても出来ないとでも言いたげに震えてくる肩を押さえて口を手に当てて、それでも志織は嗤った。嘲笑の笑み、自嘲の笑いで。
「スミマセン、ちょっと自分の行動があまりにもおかしかったから」
 死神に向けた志織の目は笑い過ぎたためから浮かんだ生理的な涙で滲み、細く折れそうな指でその涙を拭う。
「だってずっと分かってた事なんです、私はもう長くないって。だからいつでも死ぬ覚悟は出来てたつもりだったのに今、死神さんを目の前にして自然に私の身体は逃げようとした。あぁ、結局覚悟なんか決まってなかったじゃないって思ったら、笑いがこみ上げてきて……」
「貴女は十分覚悟は出来ていますよ」
 死神、という冷たいイメージからかけ離れた暖かな音を持った言葉がかけられた。
 そうして死神は今まで被っていたフードを下ろして顔を晒す。
 その顔に志織は息を呑んだ。
「普通は私が死神だと分かったらそのまま逃げようとします。けれど貴女はそうしなかった。身体の反応はどうしようもないのに貴女はそれも自分で笑い飛ばした。貴女は強い人ですよ」
 その顔は死神のイメージに多くあるような髑髏でなく、そう言って声と同じように優しく笑った顔がとても綺麗だったから。
 襟足辺りで適当に切り揃えられた髪はそれだけでもとても綺麗に見える黒髪。アジア系ではありえない深い海のような青色の瞳。長らく病院に入院していてあまり日に当たらなかった志織と同じくらい白い有色人種ではないと分かる肌の色。中性的というわけではないのに人間味を感じさせない位端整の整った顔と、そこに浮かぶ自分に向けられた優しい笑みにしばらく志織は目を奪われてしまった。
「志織さん?」
 自分がそんな状態になっていたと志織が気付いたのはそう死神に名前を呼ばれた時だった。
「え、あ」
「申し遅れました。私はレノイ・C・ロムウェルと申します。志織さんの黄泉への旅路のお供をさせて頂きます。短い間ですがどうかよろしく」
 そう言ってまだ病室の壁際辺りにいる死神、レノイは深々と頭を下げた。
 そんなレノイの丁寧な紹介にふと志織は小さな違和感を覚えたが、挨拶には挨拶をという志織の中に刻み込まれた礼儀に従って志織もつい頭を下げてその次にはこう言っていた。
「よ、よろしくお願いします。ロムウェル、さん?」
「レノイで構いませんよ、志織さん」
 それにその違和感の原因は何かと問われても志織自身首を捻るしか出来ない位曖昧なモノだった為さして気にも止めずに、自分の方にレノイが移動してくるのをただ志織は見ていた。
 足音もさせずにローブの下にあるはずの足が動いた気配もなく『歩く』というよりも『移動する』と言った方が相応しい移動の仕方でレノイは志織の隣、横たわって生命の停止した志織の肉体が横たわっているベッドの隣に立つと志織の、勿論肉体ではない方の手をそっと取った。
 人のように温かなわけではない、けれど冷たいともつかないしっとりとした不思議な手の感触。その手を持つレノイと同じく自分の隣に立つ医師の姿が重なっている奇妙な光景を見て、じわじわと自分が本当に普通の人間には知覚出来ない世界に来てしまったのだという実感が湧いてくる。
「志織さん、立って頂けますか?」
「立、つ?」
「ええ。今までやっていたように普通に。ベッドの上に立つような感じでいいのです」
 どうしてそんな事を言われるのか志織は分からなかったが、今この場で自分の行動の指針を示せるのはレノイだけ。それに短い人生であまり誰かを疑う事も知らない志織は疑問に思いながらも大人しく言われた通りにベッドの上に立とうとした。
 死ぬ直前まで病魔の痛みと薄れていく意識で重かった身体はもうなく、今まで感じた事のない身体の軽さだったので立つ事など今の志織にはとてつもなく簡単な事。
 今だ自分の肉体と同化している足を上げようとした瞬間――
「ぅ、わ……っ」
 身体が宙に浮いた。
 半透明の志織自身の身体が全て肉体から抜け出て、その肉体の数十センチ上を瞬き一つの間に漂っていた。
 驚きに目を瞬かせているとまだ志織の手に感触があってふと手を見るとレノイがまだ志織の手を握っていた。その手を見ているとそういえば宙に浮くと同時かその一瞬前にこの手から引っ張られるような力がほんの少しかかったような気がしたのを志織は思い出す。
「ひょっとしなくても今の私って完全に幽霊ですか?」
「幽霊というか、魂だけの状態ですね。今さっきまで僅かに肉体に残っていたのですが、志織さんが中から出ようとする力と私が外から引っ張り出す力のタイミングが合わさって、それできちんと全部外に出たので……まぁ確かに人間の言葉で言うと幽霊とも言えますね」
 そのレノイの言葉で志織が手に引っ張られる力を感じたのは確かだったのだと分かる。
 そうして志織にまじまじと自分の状態を見る余裕まで出てくる。遠くない将来、死を宣告された志織は死後に至って冷静でいられる事が出来たからこそ生じる余裕。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶