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漆黒のヴァルキュリア

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第二章 恵那の面影 4



「軍曹殿! 早く撤退を!」
 密林の中を走る道。地雷を敷設していた俺の分隊は、敵軍の威力偵察部隊に捕捉された。
「先に行け! 佐藤師団長閣下は無駄死にを禁じてる! 俺が残るから、お前らは撤退しろ! これは命令だ!」
 俺は、俺の部下たちに向かってそう叫ぶと、ありったけの地雷と爆弾を持って、迫る敵の装甲車に向かっていった。
 肩口、脇腹、左耳。
 敵の銃弾が掠め、貫き、抉っていく。激痛に竦む足を、しかし俺は懸命に前へと運ぶ。
 装甲車の銃座に座る敵兵。その眼差しが恐怖に凍りつく。
 くだらねぇ戦争。
 くだらねぇ人生。
 くだらねぇ夢。
 俺が生まれた意味は何だ?
 恵那が生まれた意味は何だ?
 頭のおかしい軍団長が強行した今回のインパール作戦。補給もままならずに、俺の仲間や部下は、病気や飢えで次々と死んでいった。
 そんな中で、俺が所属する師団の師団長は、兵の損耗を危惧し、上官命令を無視して撤退を決定した。軍の内部で上官命令無視は『死』を意味するにも関わらず。
 尊敬に値する人だと、俺は思った。
 なら、俺も手伝おうと思う。無意味な人生の中で、真に価値のある一瞬を、俺は手に入れる。尊敬に値する人の意思『一人でも多くの命を無駄にしない』。そのために、せめて、俺が手を出せる範囲――俺の、部下だけは。

 怒号と悲鳴。

 銃声と爆音。

 その只中で――

 俺の五体は微塵に砕け散った。

 蒸し暑い異国の密林で、その瞬間から、俺の五感は断ち切られた。

 俺が感じられるのは、広大な闇の中にある無限の静寂。ただそれだけ。

 誰も恨む気はなかった。

 思い残す事もなかった。
 
 しかし、その最中に――
 淡い、心地よい光に包まれた手が、俺に向けて差し伸べられたのだ――