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さくらミント

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もう散ってしまったさくらよりも、あっというまの出来事。

 私は重い鞄に振り回されながら、ちひろの後を追う。新学期しばらくくらいは教科書持って帰らなくちゃ、な私と、教科書はぜんぶ学校に残して帰るというちひろ。向こうの方が成績いいの、嫌になってくるけど。
 小学校もいっしょ、中学校もいっしょ、こうして高校もいっしょ、クラスもいっしょ、部活もいっしょ、なのに成績はちひろのほうが上、部活の成績はわたしのほうがちょっと上、女子校だから二人とも彼氏なし。
 ううん。
「ちょっと、ちひろ、いいの?」
 とん、と肩をつっついて、私は目で部室棟のほうを指す。リボンの色からして一年下、先週ちひろに、その、……ラブレターを、渡した子。
「いいのよ」
 ぺったんこの鞄をがさがさ探りながら、ちひろが笑った。
「でも」
「あたしはー、ユカと帰るの。そっちのほうが大事なのっ」
「彼女、待ってたんじゃ……」
「言ってあるもの、帰りはユカと帰る、って。食べる?」
 白いミントタブレットのケースを差し出されて、わたしは掌を出す。頬のあたりに視線を感じるのには、気づかないふりをしておいた。
 ばらばらっと一気に飛び出したタブレットを、慌てて受ける。ほんのりピンク色のタブレットがいくつも掌に載った。
「こんなにいらないよー」
「私も食べるから、いーの!」
 細い指先が、タブレットをひとつ、つまむ。なんだか丸っこい私の指先とちがって、ちひろの指先はきれいだ。
「あ、マニキュアしてる」
「ばれた?」
「ばれるよー。顧問に見つからないようにね」
「はいはい」
 私もタブレットをひとつつまんで、口に入れる。甘いような冷たいような、そんな味。噛み砕く。胸がずきずきするような気がする。
「あの子にやってもらったの?」
「え……あ、まあね」
 ちひろが首をすくめた。
「なんか、お姉さんがネイリストだから道具あるんだーってゆって」
「そう」
 なんで聞いてしまったんだろう。私は自分の掌からたてつづけにタブレットをとって、噛み砕く。
「あーもう、がつがつ食べないでよ限定品!」
「はぁ?」
「期間限定さくら味、ラス1なんだからね!」
「もう桜って季節じゃないじゃない……」

 ちひろはいつも、私といっしょだった。
 でも、この高校に上がった頃から、先輩や同級生、後輩からの告白をうけるようになった。
 女子校なのにね。心の中で、私は溜息をつく。
 昔からちひろはもてるのだ。女子校なら、すくなくとも学校の中ではそんな心配はないって思っていたのに。そしてとうとう、先週から、さっきの一つ下の後輩と、お付き合い、なんかはじめたのだ。おなじ部活の子だから、私も知ってる。成績もわたしと競るくらいだから、向こうが意識してくるのも知ってた。
 女の子同士のほうが、嫉妬って怖い。ちひろには、内緒にしているけれど。
 そう。
 内緒。
 
 じりじり灼けるような視線が、いつまでも気になる。校門手前の自転車置き場を抜け、駐車場にいる教師に挨拶をし、ふたりで並んで校門を出るまで。半分は自意識過剰だ。
「なによ、ユカ怒った?」
「怒ってないよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「よし!じゃ、もうすこし食べていい」
 からからと、残りわずかのケースを、ちひろは私の掌の上で振る。
「限定品なのに?」
「限定品だから、ユカにもあげるんじゃない」
 私の掌の上で、ちひろの細い指。フレンチに塗られたきれいなネイルと、わたしの丸い指先。
「さくらってこんな味かなあ」
「さくらもちっぽい?」
「んー。なんか違う」
 すこし汗ばむ夕方の日差しの中で、口元だけがすうっとしている。
「ユカ、その鞄重くない?」
「ちひろのが軽すぎるんだよ」
「ユカ真面目だもんね」
「普通ですー」
「真面目だよー」
 口元にミントの味がしているせいで、なんだか変な気分だ。普段わたしは、ミントタブレットなんて食べないし。
「ううん、ユカは真面目。おためしでつきあってみたりとか、しなさそう」
「当たり前じゃない」
「ね」
「もう……なにそれ」
「ねえ」
 
 夕陽がきつくて、ちひろの顔が、よく見えなかった。
「ユカは、誰かとキスしたこと、……ある?」
 私は思わず目をつぶった。夕陽がちかっとちひろの鞄のなにかに反射して、眩しくて、思わず。

 噛み砕いたミントタブレットより、いつまでも口元に残る。触れるか触れないかの距離で、ちゅ、とわざと音なんかたてて。
「ちょ、ちーひーろ!!!」
「ごっめーん!なによぅ、もしかしてファーストキッス?」
「るっさーい!ちひろの、ばかー!」
自分の唇にちょっと指で触れて、私はちひろに背中を向けた。

 さくらよりも、ミントよりも、淡い痛み。
 ずっとずっと一緒だったのに。
作品名:さくらミント 作家名:梁瀬春樹