霧の山道
車ががたがたと揺れてぷすんという音と共に挙動を止めると、俺はハンドルを叩いて思い切り悪態をついた。
「おいおい、エンストかよ。」
「駄目だなお前は。」
三人の友人達が好き勝手な言葉を騒ぎ立てる。
俺はサイドブレーキを上げてハザードランプをつける。何とも困ったところでエンストしてしまった。左は崖、右は山の細い山道で、すれ違うのも困難な場所だというのに、車の立ち往生。しかも朝から出ていた霧が段々と濃くなってきて、つけたハザードランプも見えるかどうか、危なくて仕方がない。
キーを回してエンジンを吹かすが、きゅるきゅると音を立てるばかりで車はまったく再点火しようとしない。
しかたなく、友人のAがバンパーを開けようと車の外に出ようとした時、ちょうど車の走る音が聞こえてきた。俺はクラクションを鳴らして自分達の存在を知らせる。車の音が弱まり、段々と近づいてくるのが分かった。
後から強い光で照らされリアガラス越しに、その車が俺たちの車の後に来たことが何となく見えた。車種は分からないが、普通の乗用車のようだった。
「ちょっと、説明してくるわ。」
そう言ってAは後部座席から出ると、後の車に向かっていった。パワーウィンドウを下げてそちらを見ていると、なんとなく友人が見えるぐらいで、声も友人の説明する大きな言葉は聞き取れるが、運転手の声はエンジン音にかき消されてよく分からない。
「それだったら、上までのっけてってやるって。」
戻ってきたAは、嬉しそうにそういうと、ただし席の関係上三人までしか乗せられないと付け加えた。
まあ、直るまで全員一緒に待つよりは友人達は行かせた方が良いだろうし、どちらにしろ車を放置しておくわけはないかないので、俺が残るからお前ら乗せてもらえよと言うと、友人達は当たり前だろと返してきた。
「着いたらJAF呼んでやるよ。」
「お先。」
「じゃあな。」
おう、と返したところで、変な違和感に襲われた。
はて、と思った所でドアの閉まる音が聞こえ、気のせいだと思うことにした。すれ違うとき万一があるかも知れない。
と、ハンドルを握ったところで、強い衝撃に襲われる。
首が上下に揺れ、体がシートベルトに食い込む。
車体がぐわんぐわん揺れている。
後からぶつけられたようだ。
霧の狭い道で目測を誤ったのか。
そう思ったところで、エンジンが唸りを上げるのが聞こえた。
「え?」
俺の車が前へと進んでいる。
押されている。
「やめろよ、おい。」
俺はとっさにブレーキを踏む。
止まらない。
「ちょ、まじかよ。」
サイドブレーキを力いっぱい引き上げた。
押し続けられる。
「なんだよ、おい。おいおい、おい。」
ドアを開けて逃げるしかない。
ふっと、太い木の枝が見えた。
次の瞬間、かくんと体が落ちるのがわかった。
気が付くと逆さまの人の顔が見えた。
こちらをのぞき込んでいる。
「大丈夫かね?あんた。」
あたりを見回すと、ガラスが散乱し、天井に頭をぶつけていることに気が付く。と言うか、逆さまなのは俺の方らしい。
それに気が付いた瞬間、全身が砕けたように痛みが走った。
「今助けてやるで。」
老人の手に引っ張られ、ひしゃげたドアの窓から出ると田んぼが見えた。体は痛かったが、折れたところは無いらしく何とか立つことが出来たので、そのまま後を振り返ると山の斜面が引っかかれたように一本の線が引かれているのが分かった。
車が落ちてきた線だろうことは俺にも理解できる。
周りの景色を確認してみると、どうやら、俺たちが山に入る坂の少し手前で通った田舎道の近くだと言うことに気付く。
「今、うちのが救急車よんどるでな。」
老人がそんなことを言っているようだったが、そんな言葉よりも俺は別のこと、友人のことに気を取られていた。
俺を崖へと落とした運転手と一緒にいる友人が心配で仕方がなかったのだ。
「所であんた、どっから落ちてきたんじゃ。」
「そりゃこの山を上る道の途中ですよ。そうですよ、俺の友人が、変な奴に車で連れ去られてるんです。警察を呼んでください。」
「何言うとるじゃ、この山に車が登る道なんぞ無いわ。」
「え?いや、でも、俺登って。」
「山肌のぼったんとちゃうんか?」
「いや、でも……。」
「だいたい、山の上なんて何もないのになんで登ろうとしたんじゃ?」
「え?」
そういえば、なぜ山の上に登ろうとしたのか。
何故だったか。
思い出せない。
必死に思い出そうとしても、思い出せない。
なぜ登ろうとした。
俺はまた振り返って山を見た。何もないただの普通の山だ。林の奥まで車道も見えない、荒れた雑木林の斜面が続いている。
七年後AとHとNは行方不明から死亡扱いに変わった。