さよなら、赤川先生
みゆき19★ガールフレンドになりたい!
anohitoが死んだ。
如月くんがきれいな顔を涙でぐちゃぐちゃにしてあたしのアパートを訪れたのは、四月の最初の水曜日だった。如月くんはただ先生が亡くなりましたとだけ言ってその場に泣き崩れ、あたしも何も考えられなくなってそのまま二時間ほど立ちつくした。
遺体は上海で見つかったようですと如月くんはその後で語ってくれた。現地の警察によれば、マフィアとトラブルを起こして両手両足を切断された挙げ句に上海富士通ビルの屋上から突き落とされたのだそうだ。
あたしはそう言う話を聞いても、何とも思わなかった。実感が湧かない、とか、感覚が麻痺している、とかじゃない。精神が全くのノーダメージだったのだ。少なくともあたしはそう感じていた。それは不思議な感覚だった。あれ? おかしいな? と何度も心の中を探ってみたけど、やはりいつもと同じでkarappoだった。発狂しないように強烈な防衛規制が働いたのかもしれない。それほどanohitoの希望に縋り付いていたと認めるのは何だか怖いけど。
純粋な如月くんはそういう訳にいかないようで、あたしの部屋のベッドで夜まで泣いていた。あたしはぼうっとそれを見ていたんだけど、ふと気になって、
「如月くんはどうするの、これから」
と訊いた。そうしたら彼ははたと泣きやんで、そうかと思うと今度は腕組みをして考え込んでしまった。一時間ばかり考え込んで顔を上げた彼の顔にはひどく重い何かが宿っていて、
「小説を書こうと思います」
そう言った。
「そうね」
とあたしは答えた。
「いや……でも出来るでしょうか、僕に」
「紙と鉛筆がなければ買ってあげるけど」
あたしと如月くんは何時間かぶりに笑った。ひとしきり笑うと、
「さて、それじゃ帰ります。明日は早くに警察の方が来るんです」
そう言うので彼を玄関で見送った。一人になったら感情が爆発するのかと思ったけどそうでもなかった。安心して玄関のドアをロックし、ベッドに倒れ込む。少しだけ残る如月くんの匂いは、何だかとても意味ありげで、あたしの眠気を誘った。あたしはすぐに何かの夢を見そうになったけれど、そうするとまたあれが聞こえてきたのだった。
りん。
玄関の方からだった。あたしは起き出して玄関のドアを開けた。
りん。
通りの向こうから、それは聞こえてきている。あたしはサンダルを突っかけて、夜の道に駆けだした。
りん。
りん。
音はあたしを誘っているみたいだった。それも、悪くない誘いだ。導き、と呼んでもいい。
りん。
りん。
十字路を曲がると、遠くに如月くんが見えた。あたしは走る速度を限界まで上げる。
りん。
りん。
りん。
その音は、確かに如月くんの方から聞こえてきていた。如月くんが一歩踏み出す度に、りん、と澄んだ音が春の夜の空気をふるわす。
りん。
りん。
りん。
「如月くん!」
彼の名前を大声で呼んでしまうと、「導き」があたしに仕掛けようとしている事がだいたい分かってきた。道の先で如月くんが振り返る。そのびっくりした顔に、ターゲット・ロック・オン! あたしは走り続ける。捕まえろって事でしょ? そしたら放すなって事でしょ? OK。悪くない提案だと思う。一歩、また一歩、如月くんが近くなる。鈴の音はいつの間にかあたしを取り巻いている。
りん。
残り三歩。
りん。
あと二歩。
りん。
もう一歩であたしは彼に届く。
りん。
りん。
りん。