まどろみの神
目を覚まされましたね、と彼女は言った。
「ご気分は?」
「悪くない」
「何かつぶやいておられましたよ」
「夢を見ていたんだ」
彼女は優雅に首を傾げた。
「どんな夢?」
「あいまいだよ」
「思い出して」
微笑みながら私の手を取る。懐かしいぬくもりを感じながら、私は目を閉じた。
さっきの夢。工場が出てきたような気がする。大勢の労働者がいて、何かせわしく作っていなかったか。細かな機械なんです。ひとりがそう言って、小さな箱を差し出した。中を覗くと、蟻のようなものが無数にうごめいている。これが機械なのか。聞くと、労働者は嬉しそうにうなずいた。背中に生えた翼がぱたぱたと羽ばたいていた。
また別な場面もあった。密林のようだった。濃い緑の海の前に、老いた軍人がひとり、背筋を伸ばして立っている。私を見ると、彼は寂しげに首を振った。お探しのものはここにはありません。なくなりました。代わりにこれを、と言って彼は震える手をこちらに向けた。差し出されたのは一輪の薔薇だった。
私は目を開いた。脇のテーブルに薔薇が生けてある。しばらく見つめてから目を逸らすと、まぶたに薔薇色の影が映った。
小さな息をついてから、尋ねた。
「ここはどこだ」
少女が笑って答えた。
「どこでもありません」
「どこへ行くのか」
「どこへも行けません」
「君は誰だ?」
「誰でもなく」
「私は」
「あなたは?」
言葉が出てこなかった。私は。答えを探す意識の前を様々な影が過ぎっていく。労働者、翼、黄昏、蟻の群れ、密林、老いた軍人、夜明け、白、悲しみ。
感情がさざなみのように寄せて、目尻から零れ落ちる。少女はそっと顔を寄せると、濡れた頬に口付けしてくれた。優しい仕草だった。
ぼんやりと心に浮かぶのは薔薇の色。
「お眠りなさい、次の夢のために。まだあなたには眠りが必要だから」
心地よい響きが耳朶を浸す。言葉に導かれるようにして、私のまぶたが重くなっていく。ゆるい眠りが腰を、足をとらえ、肉と骨を溶かしていった。体がばらばらになり、花びらのように散っていくのを感じた。
遠いところから少女の声がした。ひとつだけ確かなことがあります。
「神は夢見ておられます」
落ちてしまう瞬間、温かな水を感じ、まどろみにいることを知った。夢を見ているのだ、と私は思った。