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【リリなの】Nameless Ghost

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従章 第十話 ロンリーガール



「…………今何時かな?」

 レイジングハートの強化が終了し、最後の食事を食べ終わってからアリシアとユーノはそのまま折り重なるように床に倒れ込み、瞬時に意識を失っていた。
 三日ほどの貫徹は流石に幼い身体にはハードだったらしく、何となく頭の奥の方がうずいている感触も残る。
 部屋の設備を冷却するために低く設定されている室温にも関わらず殆ど身体が冷えているように感じられないのは、眠っている間に暖を求めて隣で気を失うユーノと身体をすりあわせ抱き合っていたからだとアリシアはようやく気がついた。

「くぅ……」

 まるで少女のような寝顔でアリシアを抱きしめるユーノは本当に幸せそうな表情に思えた。あの地獄から解放された反動であるのなら当たり前かと思いながら、アリシアは自由のきかない身体を何とかよじって天井近くに設置された時計に目を向けた。

「四時間か。それほど寝てないな」

 眠る寸前に横目でしっかりと確認した時の短針は、今ではきっかり四つ分目盛りを回転させている。
 タイムリミットは後二時間。
 もう少し寝ていたいと感じるアリシアだが、これからある程度身なりを整えるのに必要な時間を考えるとちょうど良い時間だと判断する。

 これからシャワーを浴びて、歯を磨いて、下着から服から全部取り替えて。髪もある程度は手入れをしないとリンディやエイミィから面倒な小言を言われてしまうからそれも何とかしなければならない。

「女ってのはどうしてこう面倒なのかな。男は気楽で良かったのに」

 もちろん、男は男で身だしなみ云々で気を遣わなければならないということはあるのだが、女に比べると何倍も気楽で済むことをアリシアはようやく実感することが出来た。
 まあ、その分着飾る楽しさというものがあるのだが、残念ながら今のアリシアではそのことに楽しみを見いだすまでには行っていない。

 ただ不幸中の幸いだったことは、この身体が未だ成熟とはほど遠いものだということかもしれないとアリシアは考える。自分の身体に欲情するのは悪夢だ。幼い故に性欲の感情にも無縁だということも慰みになるといえばそうなのかもしれない。

(将来はどうなるのか、考えたくもないね)

 アリシアはそっとため息を吐き、いつまで経っても進展しないこの状況を打破するため少し強めに身体を動かして眠るユーノの両腕から一生懸命抜けだし、ホッと一息入れた。

「酷い臭い、髪も最悪。リンディ提督やエイミィが見たら激怒するどこから卒倒しそうだね」

 アリシアは自分の身体の臭いをかぎながら眉をひそめ、足下で昏睡したように眠るユーノに目を向けた。

「あれだけ揺すったのに起きないとなると、自然に目を覚ますのを待つしかないかな」

 しかし、こんな形でなのはに会わせるのは酷だとアリシアは思う。やはり、元親としては将来義理の娘のようなものになる少女との関係は応援したいし、息子のようなものにこんな格好で人前に出したくはない。
 故に、誰かを呼ぶという案もアリシアは却下した。

「仕方ないね」

 アリシアはそう呟き、久方ぶりに魔術神経を少しだけ開いて筋力を強化した。アリシアは「よっこらせ」と言いながらユーノの両手を持ち上げ、そのまま特別工作室横に付けられた個室のシャワールームへユーノを引きずり込むように一緒に入っていった。

「少し前までは一緒に入るのも珍しくなかったから。大丈夫だよね」

 一応脱衣室の鍵をかけ、アリシアはそう言い訳して、自分の服と一緒にユーノの服を脱がせていった。
 一応脱いだ服は全自動のランドリーに放り込んでおき、再びユーノの両腕をつかんでバスルームに引きずり込む。
 タイル調の床は乾いて冷たかったが、滑りは良くユーノを引きずるのにそれほどの労力はいらないようだ。

「ふう……魔術神経で強化してるっていっても、男の子を運ぶのは少し骨が折れるね」

 思いの外疲労する両腕をさすりながら、アリシアは裸のままタイルにペタンと腰を下ろしここまでしてもなお目を覚まそうとしないユーノにある意味驚嘆しながらバスタブに湯を張り始めた。

 ユーノに聞いたことだが、どうやら日本という国はバスタブに予め湯を張っておき、それにゆっくりとつかることで身体の疲れを癒すというらしい。
 ベルディナが巡り歩いた世界でもそういう習慣、いってしまえば日本と全く同じ習慣を持つ国も極稀ではあったが存在したため、アリシアは特にそれを奇妙に思うことは無く、むしろそうした方が気分良く入浴出来ることも知っていた。

「さてと、お湯も張れた」

 アリシアは一応湯船に手を突っ込んで水温を確認する。シャワーを浴びるには少し熱い感触の湯だが、ただつかるだけならちょうど良い湯温のようだ。

 アリシアはよっこらせとと言って仰向けになったユーノの背中に手を差し込み抱き寄せるようにして、瞬間的に魔力神経の出力を最大にして彼を持ち上げ、自分も一緒に湯船に向かって跳躍を敢行した。

「もごあぁぁぁ!!!」

 二人分の質量が数十センチという高さから着水し、盛大に飛び散った水しぶきの中、まるで断末魔のような叫び声を上げながらユーノは一気に目を覚ました。

「やあ、おはよう。ユーノ」

 頭の先からつま先まで全身をびっしょりと濡らしてアリシアはようやく覚醒したユーノに、これ見よがしに弾けんばかりの笑みを贈ってやった。

「あ? え? なに? アリシア? 何で裸……って僕も裸だ。何で!」

 アセアセと周囲を見回して状況を把握するのに一杯一杯なユーノを眺め、アリシアはとりあえず彼の頭をポンポンと撫でて落ち着かせ、

「風呂だよ、ユーノ。時間もないことだから一緒にはいることにした。どうでも良いが、もう少し隅に寄ってくれ。二人で入るにはちょっと狭いんだから」

 アリシアはユーノをバスタブの縁にもたれかからせるように彼を押しやり、自身は開いたユーノの足の間に身体を滑り込ませた。

「ちょっと、アリシア。それはないよ」

 ユーノはいきなり迫ってくるアリシアの細い両肩を掴み何とか引き離そうとするが、

「逆になったな、ユーノ。昔は、”俺”の方がこうやってユーノの背もたれになってたってのに。人間、変われば変わるもんだ」

 その言葉に、ユーノは肩を押しやる力を抜きざるを得なかった。

「あの、アリシア? 肩震えてるけど……寒いの?」

 いや、ユーノも分かっている。その肩の震え。どうしてアリシアが自分に背を向け表情をのぞき込まれないようにしているのか。
 波の立たない水面に落ちる水滴の音は、果たして天井から滴る雫なのか。ユーノはそれを意識から外した。

「湯冷めは風呂から上がった後にするものだよ。むしろ、ユーノの心臓の音が聞こえて暖かい」

 アリシアはそう言って力の籠もらないユーノの腕を押しやって背中をぴったりとユーノの腹に付け、後頭部から響いてくる心地よいリズムに耳を澄ませた。

「そうだね、アリシア。その通りだ。だけど、僕は少しだけ寒いんだ。だから、こうさせて貰っても良いかな?」

 ユーノはそう言ってそっとアリシアの矮躯を両腕で抱きしめ、両手をちょうどアリシアの腹部で組むように彼女を胸の中に包み込んだ。