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【リリなの】Nameless Ghost

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従章 第一話 夜の前に



「それじゃあ、最後の確認だ」

 昼下がり、人流れもまばらとなった食堂でクロノはまじめな表情を崩さずに正面に座る四人の表情を一人ずつ確認した。

「うん」

 フェイトの頷きに続いてアルフ、ユーノ、そしてアリシアが無言で頷き返した。

「被告人のフェイトはそこに置いてある資料の通り、検事からの質問にはそこにかかれてあるとおりに答えること」

 フェイトはそう言うクロノの言葉に従い、目の前に置かれたモニター端末に目を向けた。

「一応、私の方でも確認したけど記載事項には漏れはなかったし、事件資料も完璧に証拠物件として成り立ってるから安心していいよ」

 アリシアは嫌みのないカジュアルな眼鏡のフレームを持ち上げながらフェイトにそう告げた。
 アリシアはこの半年ですっかりと近眼になってしまったため、プライベート以外では眼鏡を装着するようになっていた。

「アリシアも資料作りに関わってたんだ」

 その隣に座るユーノはそういうアリシアに疑問を投げかける。アリシアは、「うん」と言って肯き、

「リンディ艦長が色々と仕事を回してくれたから。おかげで半年間退屈しなかったよ。そのおかげで目が悪くなってしまったんだけど」

 と笑うアリシアにフェイトとアルフも苦笑を浮かべた。

「話を戻すぞ。判決はほぼ確実に無罪ということで決着はつくはずだ。判決文を確認するまでは分からないが、おそらく3年から4年間の保護観察処分ということになる。もっとも、これはフェイトの労働評価が高ければもっと短く済むし、逆なら長引く」

 クロノの少し意地の悪い物言いにアリシアは肩をすくめる。

「だが、フェイトはアリシアとは違って真面目だからな。おそらく処分は1年は短縮されるはずだ」

「ちょっと待ってよ、クロノ執務官。私はこれでも結構真面目に仕事をしていたと思うけれど?」

 アリシアはクロノの物言いには流石にカチンと来たのか、それほど声を荒げることなく抗議した。
 この半年間で随分言葉遣いが柔らかくなったなとクロノはリンディとエイミィによる教育に密かに嘆息した。

「冗談だアリシア。いちいち反応していると本当に不真面目だと思われるぞ」

「まあ、クロノに比べると不真面目だろうけどね。あいにく私には仕事を麻薬のように扱う趣味はないから」

 アリシアはクロノと同じ職場で働きながら彼の仕事量を見て、間違いなく彼が仕事中毒だとことあるごとに口にしたものだ。

「まあいい。続けよう」

 クロノはアリシアの皮肉を聞き流し、しばらく裁判に関する説明を行った。
 その説明自体、アリシアが引いたシナリオに基づくものだった。
 アリシアはその説明を右耳から左に流す程度に聴きながらこの半年間のことを思い出していた。
 ジュエルシードの事件。現在ではプレシア・テスタロッサ事件と称されるあの事件が終わった後。
 フェイトはなのはとの別れの後、管理局本局の裁判所に身柄を移され、本局保護施設に入れられた。アリシアはこの事件の被害者という立ち位置で処理されることとなっていたので、被疑者であるフェイトとはなかなか顔を合わせることが出来なかった。
 それでも、アリシアはリンディとクロノから貰った翻訳の仕事の傍ら、事件資料の作成や裁判のシナリオの作成に関わることができ、実質的に裁判のスケジュールをずいぶんと早めることに貢献したのだ。
 特にジュエルシード関係の資料としてスクライアから提出された資料の中には古代ベルカ語や古代ミッドチルダ語、それ以外の難解な文字でかかれたものも多く存在し、そこでもアリシアの翻訳技術が大いに役にたった。

 ただ一つ、アリシアは最後まで首謀者であるプレシアへの処置に関して納得ができなかった。
 それは、この事件に関してプレシアに本来かかるべき酌量が、アリシアの存在によって完璧に消滅してしまうこととなった。
 プレシアは自分の娘を蘇らせるためにあの事件を引き起こしたそれが真実だ。しかし、そうするとアリシアという存在がイレギュラーとなってしまう。
 死者復活は過去現在未来においても実現されない、実現してはならない技術である。死者復活の技術は命を軽くする。そんなものが認められてはならない。
 しかし、アリシアの存在が明るみに出ればその原則が崩壊し、生命というものの唯一性が失われることとなる。それだけは絶対に避けなければならない。
 故に、アリシアはプレシアの研究の犠牲者としなければならなかった。狂気の科学者プレシアは自分の娘さえも実験材料とし、その予備として作成したフェイトを使い捨てのコマとして利用した。
 そのため、プレシアは26年前アリシアを実験材料とするため、偽の死亡診断書を作成し、アリシアを事実上死亡したと偽装。その後、アリシアをそのままの状態に保存し身体の成長を止めた。
 そして半年前、生命の神秘の解明とその超越のためプレシアはジュエルシードを実験材料にする方法を思いつき、たまたまスクライア族が発掘したジュエルシードを輸送船ごと襲撃し、その奪還に乗り出した。いや、あの輸送船の事故自体はプレシアによるものかどうかは不明のままではあるが、なし崩し的にプレシアの罪状に加えられることとなってしまっていたのだ。

 そして、その実験中、制御を失ったジュエルシードのためにプレシアは虚数空間に落ち命を終える。
 それが、アリシアが血を吐く思い出作成した事件のあらましだった。

「……るのか……シア……。聞いているのか? アリシア」

 ふと感傷に浸りかけたアリシアを呼び覚ましたのはクロノの少し憮然とした声だった。

「ひょっとして寝てた?」

 隣りに座るユーノも少し呆れ気味にアリシアを見る。

「え、えっと。ああ、ごめん。昨日は眠らせてもらえなかったからね。やー、執務官の精力には完敗だったよ」

 はははとフランクに笑うアリシアにクロノは焦った。

「アリシア、下品な冗談を言うんじゃない。昨日遅かったのは聖王教会からの案件を処理するためだっただろう。時間配分を疎かにした君の責任だ」

「つれないなぁクロノは」

 この半年間でクロノをからかう楽しみがなくなってしまったとアリシアはがっかりと肩を落とした。
 クロノはそれを無視して話を締めくくり、改めて何か質問はないかとアリシア以外のメンバーに聞いた。

「僕の方は大丈夫だ。証言も記憶したし、イレギュラーにも対応できると思う」

 ユーノは自信満々に答えた。ユーノの記憶力は誰もが認める所であるため、クロノも特に心配はしていない。

「私も、大丈夫だと思う」

「あたしもだよクロノ」

 フェイトもアルフも問題ないと頷き、裁判に関する最終確認は問題なく終了した。

「それじゃあ、僕は艦長に報告してくるから。四人はこのままゆっくりしていてくれていい」

 クロノはんそういって端末の資料をまとめ電源を落とした。

「お疲れ様クロノ」

 フェイトも端末から資料の入ったデータチップを抜き取り、端末をクロノへと返却した。

「ああそうだ、クロノ。艦長に伝言をお願いしたいのだけど」

 アリシアは、支給された自分の端末を脇の手提げ鞄に仕舞いクロノに声をかけた。

「ああ、別にいいがなんだい?」