アイシテル
彼女が言う。童女のように頬を紅潮させて嬉しそうに。
心に空いたじぐざぐな穴を縫い合わせるように何度も何度も。
「この魔法を唱えながら、お前の好きなように生きなさい。それがパパの最後の
言葉」
彼女は言う。
長い髪をひらめかせながら身体を回し、不意に飛び込んで来た僕の腕の中で。
そんな彼女を受け止めるために屈んだ僕の肩に、その小さな顎を乗せて。
目を閉じ、頬に頬を擦り付けながら、僕の耳元で何度も何度も。
「アイシテル、アイシテル、アイシテル、アイシテル」
嗚呼、その片言の響きの、何と鋭く鋭利なことか!
僕らを取り巻く冬の木枯らしよりも
擦り付けられた頬から伝わる冷たさよりも
彼女の言葉は深く鋭い。
空虚な癖に温く燃えていて
僕の心に刺さっては、空けた穴の周囲を焼き切って
塞げないように
広げて行く
増やして行く
僕の傷を
「……アイシテ、ル」
嗚呼なのに僕は突き放せない!
僕の頬に頬を寄せ、熱い涙を零す彼女が温かいが為に。
彼女が人であるが為に。
「……僕も、愛しています」
より一層抱き込んでも、僕の胸に顔を埋めても、彼女の言葉は止まらない。
僕の声など聞いてもいない!
先生、あなたは知っていたんですね。
僕がこの、あなたの娘を、どうしようもなく愛してしまっていたことを。
そして僕は知っていまた。
あなたがそれを、どうしようもなく気に入らないということも。
だけど、だけどこんなのはあんまりです。
だって、先生、僕の彼女はあなたの娘は。
余りに天真爛漫で純粋で、この魔法の仕組みさえ知らないのです。
「アイシテル、アイシテル、アイシテル……」
この魔法に守って貰うということの--守って貰えるということの残酷さに。
「私を一人にしない魔法なの。パパが教えてくれたのよ」
彼女は言う。無邪気な笑顔で。
春も夏も秋も冬も止むことなく。抑揚なく何度も何度も。
まるで、僕の心をジグザグに切り刻むようにして。
そして、ジグザグに刻まれた僕の心を縫い合わせるように黒髪を靡かせて。
「ねえ、アイシテル、アイシテルの」
彼女は今日もそう呟く。
空虚な心を縫って塞ぐように。
何度も何度も。
自分の心以上に空虚な言葉を。
今日も、僕の腕の中で。