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カラス

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(あ…カラス)

僕は朝早くからカラスを発見して幸せを噛み締めていた。

カラスっていいよなぁ。

黒くて。怖いし。

カンカンと爪で軽く手すりを叩く。カラスはじろりと僕を見下す。
朝の爽やかな空気が優しく僕を包みこむ。


…そうやってのんびり、ベランダからカラスを見つめていたのに、お年頃の弟和のせいでまったりタイムから呼び戻されてしまった。


「かーさんっ」

和は中学2年生だ。
僕に比べるとわりと濃い顔立ち。でもまぁかっこいいかな。
最近髪にワックスぺたぺた塗って腰パンしている。

面白いからこの前ズリパンしてみたら本気でラリアットされてしまった。

怖い…。


「かーさんーっ聞けよ!!」

「どうした、和?」

クールに無視し続ける母の代わりに気弱な父が必死に話かけていた。

僕はカラスを携帯で撮っている。

ぱちりぱちり。

「まぁた俺のトランクス父さんの下着入れに入れてたんだよッやめてくれよまじでッ」

父がせつなげな顔をする。見過ごしておけん。

「俺今父さんのパンツ穿いてるよ。」

和は冷ややかな目でみてきた。怖っ。

「兄貴に言ったってしゃーねーんだよッ。無頓着すぎんだろ色々。つか朝っぱらからなにやってんの?」

和は苛々とまくしたてる。さてはカルシウム不足だな。後でビスコをあげよう。

「和ー、ご飯の準備して。夏那もあんまりのんびりしてると遅刻するわよ。」

「あいー。」

和はぶつくさ言いながらもちゃんとおはしを配りに行った。
よかった。まだカラスにはなっていないな。


兄より早くカラスになるなんて許さん。


「夏那っ」

母がせっつく声が聞こえる。
でも僕の高校は徒歩5分のとこにあるのだ。
カラスタイムを得るために選んだ学校である。
なのに和は「こんな買い食いする間も彼女送る間もねー学校絶対行かねぇ。兄貴の気がしれない。」と言ってきた。

ていうかお前彼女いるのか!バカ野郎!!

と、悪態をついたのはつい昨日のことである。


どいつもこいつも僕の先を越す…。

「兄貴!!飯!…つーか手伝えよッ」








学校へはぷらぷらと歩いて行く。
狐色の葉っぱがひらりと舞っている。
少し肌寒い。

「かーやくんっ」

「…あ、松坂さん。」

彼女、松坂綾女はいわゆるゴキンジョサンの同級生である。

自転車で20分の女子高に通っている。

ボーイッシュなショートヘアに端正な顔立ちだ。
小学校の時からの顔馴染み程度のゴキンジョサン。

「なんでいるの?」

僕の登校中にすれちがうなんて初めてだ。
僕が早すぎるか彼女が遅すぎるかのどっちかしかない。

「逃避行」

松坂さんがにやりと笑いながら言った。
にやりと笑っても、スポーツ少年のように爽やかだ。

いいなぁ…。逃避行…。

「頑張ってね。手紙だして。」

かなり本気で言ったのに、松坂さんはお腹をよじって笑いだした。ワハハと男らしく。


「学級閉鎖よ!!…夏那君てほんと可愛いね。」

可愛いと褒められたって別に嬉しくない。
ていうか175㎝の高校2年生の男が可愛いってのもおかしな話だ。


僕のむくれた顔に気付いてか、やっと松坂さんは笑うのをやめた。

「…夏那くんてさ」

「なんですか。」

また彼女は意味ありげに笑い出す。


「…シンプルで、綺麗な顔。」

…。

「なにそれ?」


その後僕は松坂さんにキスをした。







「夏那ー、和よんできて。」

母がまた苛々とせっつく。和が大好きなんだな、と思う。

「和ー」

(なんだ、ベランダか。)

和が寒そうに風に吹かれて電話をしていた。
携帯が暗闇に怪しく光っている。

「和、ご飯」

和は横目でちらっと僕をみて、口パクで「か、の、じょ」と囁いた。


そしてもう一度前をみて、


「ごめんね綾女さん。また後でかけなおすよ。」


と言った。











「かーやくんっ」

松坂さんは今日も元気に僕をどつく。

日曜の朝からなんだってこんなに元気なんだろう。本当に意味がわからない。

僕は無償に苛々してきて、気がつくと勝手に口が動いていた。



「…どうして拒まなかった?」



…言うつもりではなかった。

こんなこと。


本当に。



もしかして僕も彼女も、そして和だって母さんだって…それに父さんも



みんな既にカラスなのかもしれない。

この世界で生きてくためには、カラスになるしかないのだ。


そんなことを考えながら、僕は彼女との2度めのキスを静かに受け取った。
作品名:カラス 作家名:川口暁