「二度すれ違う人」
仕事で立ち寄った、名も知らぬ地方の漁村。
潮の匂いと、風に揺れる網。
どこか時間がゆっくり流れている場所だった。
帰り道、駅へと向かう細い道で、
ひとりの小さな老人とすれ違った。
背は少し丸まり、
歩幅はゆっくりで、
けれど足取りには、不思議な確かさがあった。
目が合ったわけでもなく、
言葉を交わしたわけでもない。
ただ、すれ違っただけ。
それなのに、なぜか心に残った。
そして二度目の訪問。
同じ道、同じ時間帯。
まるで何かに導かれるように、また駅へ向かう。
そして、また
あの老人とすれ違った。
偶然、なのだろうか。
それとも、この土地の時間の中では、
それが「当たり前」のことなのだろうか。
人は一生の中で、
何人の人とすれ違うのだろう。
そのほとんどは、名前も知らず、
二度と会うこともない。
けれど、ごくまれに
理由もなく、心に引っかかる人がいる。
言葉もなく、関係もなく、
ただ存在だけが、静かに残る人。
あの老人は、どんな暮らしをしているのだろう。
朝は何時に起き、誰と話し、何を思っているのか。
漁に出るのか、
それとも海を眺めるだけの日々なのか。
家には誰かがいるのか、
それとも、静かな独りの時間なのか。
知ることはない。
これからも、きっと話すこともない。
それでも
あの人は、確かに自分の人生の中に、
一度だけでなく、二度、現れた。
たったそれだけのことが、
なぜか、少しだけ世界を深くする。
人と人は、
つながらなくても、
触れ合わなくても、
どこかで影響し合っているのかもしれない。
ただ、すれ違っただけの人。
それでも、その人は
今日もどこかで、生きている。
作品名:「二度すれ違う人」 作家名:タカーシャン・ソレイユ



