「見えない疲労の時代」
傷病手当金が増え続けている。
2023年度は6000億円を超え、この5年で1.6倍。数字は静かだが、その内側では確実に「異変」が起きている。
注目すべきは、その理由だ。
最多となったのは「精神及び行動の障害」つまり、こころの不調である。全体の約4割を占めるという現実は、もはや個人の問題ではなく、社会構造の問題といっていい。
かつての「病」は、目に見えるものだった。
けがをすれば休む。熱が出れば寝る。
しかし今、増えているのは「見えない疲労」だ。
人間関係の摩擦、終わらない気遣い、評価への不安。
言葉にすれば些細に見えるそれらが、積み重なり、徐々に心を削っていく。
多くの職場では「メンタルヘルス対策」が掲げられている。
だが実態はどうか。
相談窓口はある。
研修もある。
チェックリストもある。
それでも本当のことを話せない。
「弱いと思われたくない」
「迷惑をかけたくない」
「評価に響くかもしれない」
そうした空気の中で、言葉は飲み込まれ、やがて心の奥に沈殿する。
医療の現場もまた、同じ課題を抱える。
診察時間は限られ、傾聴は理想で終わることも少なくない。
「どうしましたか」と問われても、「大丈夫です」としか答えられない人がいる。
本当は、大丈夫ではないのに。
さらに近年、「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉に象徴されるように、刺激に敏感で、環境の影響を強く受ける人々の存在も広く知られるようになった。
これは増えたというより、可視化された側面もあるが、いずれにせよ、従来の「我慢すれば乗り越えられる」という前提が通用しなくなっていることは確かだ。
社会は効率を求める。
人は共感を求める。
このズレが、見えない負担を生み出している。
傷病手当金の増加は、単なる支出の問題ではない。
それは「休まなければならない人が増えた」という事実であり、同時に「休むしか選択肢がなかった人が増えた」という現実でもある。
必要なのは、制度の拡充だけではない。
「話せる空気」と「聴ける余白」だ。
強さとは、無理を続けることではない。
弱さを言葉にできる環境こそが、社会の強さである。
数字の向こうにいる、一人ひとりの沈黙に、
私たちはどこまで耳を澄ませられるだろうか。
作品名:「見えない疲労の時代」 作家名:タカーシャン・ソレイユ



