「ことなかれ」の正体
日本人はよく、
「ことなかれ主義だ」と言われる。
波風を立てない。
意見をぶつけない。
問題を深追いしない。
その姿は、ときに
無関心や責任回避のように見える。
けれど
それだけで片づけてしまうには、
あまりにも浅い。
日本人の奥底にあるのは、
単なる「回避」ではない。
それは、
壊さないための選択である。
古くから伝わる
和を以て貴しとなす
という精神。
争って勝つよりも、
関係を続けることを選ぶ。
正しさを押し通すより、
全体が保たれる道を探す。
そこには、見えにくい努力がある。
怒りを飲み込む強さ。
相手の立場を想像する想像力。
場の空気を壊さないための緻密な調整。
それらは決して、弱さではない。
むしろ、人としての成熟に近いものだ。
だが、この美しさは、
使い方を誤ると影になる。
言うべきことを飲み込みすぎると、
本音は沈み、問題は積もり、
やがて誰も責任を取らない空気が生まれる。
静かな崩壊は、
いつも音もなく進む。
だからこそ問われているのは、
「ことなかれ」を捨てることではない。
どう使うか、である。
守るべきもののために、
あえて何も起こさないという選択。
そして同時に、
守るためにこそ、言葉を選び、伝える勇気。
壊さない知性と、逃げない意志。
この二つが重なったとき、
「ことなかれ」は
消極性ではなく、戦略になる。
争わずに進む強さ。
傷つけずに変えていく力。
それは、これからの時代にこそ
必要とされる在り方なのかもしれない。
作品名:「ことなかれ」の正体 作家名:タカーシャン・ソレイユ



