『誤作動する危険予知』
現代において、
人間の脳は少しだけ、時代遅れになった。
私たちの頭の奥には、
「危険を察知する装置」がある。
それは本来、命を守るためのものだった。
物陰の気配に身構え、
足音に耳を澄まし、
逃げるか、戦うかを瞬時に決める。
そのおかげで、私たちは生き延びてきた。
けれど今、
その装置は行き場を失っている。
猛獣はいない。
食料もある。
雨風をしのぐ場所もある。
それでも、心は落ち着かない。
なぜか。
脳は今もなお、
「何かから命を守ろう」としているからだ。
ただし、その何かは、
もはや命を脅かすものではない。
誰かの視線。
言葉のニュアンス。
既読のつかない画面。
比較される数字。
まだ来ていない未来。
本来なら、
受け流してもいいはずのものに、
心は全力で反応する。
まるで、
見えない猛獣に追われているかのように。
呼吸は浅くなり、
身体はこわばり、
眠りは遠ざかる。
安全なはずの場所で、
私たちはずっと「戦っている」。
それは弱さではない。
むしろ、
生き延びてきた証拠だ。
優秀すぎる防衛本能が、
今もなお働き続けているだけだ。
けれど、
そのままでは疲れてしまう。
だから、ときどきでいい。
立ち止まって、
こう言ってみる。
「これは、命に関係ない」と。
ゆっくり息を吐いて、
身体の力を抜いて、
何も起きていない“今”に戻る。
脳に教え直すように。
もう、ここは安全だと。
現代を生きるということは、
外の世界と戦うことではなく、
内側の誤作動と付き合うことなのかもしれない。
そしてきっと、
本当の安心とは
危険が消えることではなく、
危険ではないと知る力なのだ。
作品名:『誤作動する危険予知』 作家名:タカーシャン・ソレイユ



